2026年01月12日
「翁」御礼

令和8年 観世九皐会初会にて、「翁」披きました。
「翁」は、能が今の形に大成される前から存在しています。何もかも普通の能とは異なっています。
ストーリーらしいものはなく、ほぼ儀式です。
舞台上で能面を着け、演者がご神体になるのが大きな特徴です。

ご神体になるので、「翁」を演じる役者は、精進潔斎をおこなって身を清める習わしがあります。
私も一週間は精進潔斎をおこないました。
とはいうものの、そんなに厳しいものではありません。
食べるものは、四つ足の動物は食べてはいけないことになっています。
つまり、鶏肉や魚介類は食べても構いません。
また、精進部屋に籠って身を清めます。
我が家の稽古舞台のある部屋をお籠り部屋に定め、そこで寝起きしました。
一連の精進潔斎のことを総称して「別火(べっか)」などと言います。
穢れを避けるため、竈の煮炊きや暖炉の火を別の火にておこなうのですが、我が家のコンロはIHヒーターですし、暖房は電気で動くエアコンですので、別火はもはや名前だけ残っています。
でも、「翁」上演中は、楽屋に「別火」でとった火鉢が置かれていたりします。

当日は、朝風呂にて身を清め、下着や肌着は全て新しいものを身につけました。
そして開演の4時間近く前には楽屋入りです。
「翁」のときはとにかく準備が大変なのです。楽屋に「翁飾り」という祭壇がしつらえられます。

そして、開演の3時間前には、「翁膳」という食事を千歳の演者と共に別室にていただきます。
赤飯や鯛のお頭付きなど、おめでたいものを集めた食事です。これは、神の御下がりをいただくということのようです。
食べた後は、神饌なので手付かずまま、翁が終わるまで床の間にあげておきます。
「翁」の時は、囃子方や後見も、素袍(すおう)上下に侍烏帽子という最高礼装で舞台に臨みます。
そして、開演の15分前には祭壇の周りに身支度を終えた演者が集結します。
盃事神事が始まります。
演者一同、翁飾りに飾ってある洗米を口に含み、塩を身体にふり、お神酒をいただきます(といっても、ゴクゴク飲むわけではなく、口に含む程度です)。
そして、火打石で舞台と演者を清めます。
「翁」と「道成寺」の時は舞台を清めるために開演前に橋掛りで後見が火打石を切っているのを見るかと思います。あれを、楽屋では全ての演者に対して行っているのです。
そこまでやると、さすがに厳粛で神聖な気持ちになります。
幕の前に立った翁は、心中で「天下泰平・国土安穏・五穀豊穣」を唱え、ゆっくり「お幕」と発します。
こんな状態で開演するのが「翁」です。
橋掛りをゆっくり運んでいるとき、なんだか普通と違う感覚でした。
一言では言い表せないのですが・・・
「何か普通じゃない」状態で舞台に入っていきました。

今思うと、たぶん何かが降りてきていたのだと思います。
終演後、何人かのお客様から「いつもと声が違った。とても響いていた」と言われました。
実は私も、謡いながらいつもと声の響きが違う気がしていました。
何か通常ではない感じで演じていました。
「翁」の舞の部分は、無我夢中のうちにあっという間に終わりました。

ひと月前に稽古能2日前に申合と、既に二度演っているので本番はずいぶん余裕がありました。
ややこしい小鼓との絡みも落ち着いて出来ました。
何だか、物事があまりに客観的に進んでいく感じがしました。
物事が上手くいくことを「神がかる」なんて言います。
この日の私は、文字通り「神様が(身体に)かかっている」状態だったように思います。一種のトランス状態とでも言いましょうか。
こんなことは初めてです。

終わった後、しばらくは何だか「ボーっ」としてしまいました。
何もする気が起こらず、楽屋でひたすら呆然と座っていました。
「ずいぶん疲れたな」などと思いましたが、今思えば「神がかり」の状態がなかなか抜けなかったのだと思います。
その日は一日中「ボーっ」としていました。
撮影 駒井壮介
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kuwata_takashi at 16:34│Comments(0)│