2025年12月06日
「楊貴妃」御礼

緑泉会「楊貴妃」、首尾よく終わりました。
多くのお客様にお運びいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
「楊貴妃」は、ずっと憧れていた能です。
学生時代、今の師匠・観世喜之師が演じる楊貴妃を観て、「何と美しい能なんだろう」とポーっとしたことをよく覚えています。
当時は、後に喜之師の下に弟子入りして能楽師修業を始めるなんてことは思いもよらない頃でした。
思えば、師匠の能を始めて鑑賞したのが楊貴妃でした。
私にとって楊貴妃のイメージは、この体験です。能楽師になって以来、「いつか、あんなに綺麗な能を演じてみたい」と思い続けていました。
楊貴妃という能では、毎回装束にも趣向を凝らします。
何せ世界三大美女に挙げられる女性を演じるのですから、出で立ちからうっとりするくらい美しくなければなりません。

今回は、本来の唐織壺折りの上に、側次(そばつぎ)という袖の無い装束を重ね着しました。
側次は、中国物ではよく使用される装束です。
異国情緒溢れる出で立ちとなります。

いかにもエキゾチックな美女です。
この能は、天冠の上に立てる鳳凰の立て物をかんざしに見立てて、ワキに渡します。
舞を舞う前には再びつけますが、ワキに渡している間は、立て物がない天冠という珍しい状態となります。

この鳳凰は、後見によって手渡されます。先輩たちから真っすぐ持つのは案外難しいと聞いておりました。
写真を見ると、見事に曲がっています。
能面を着けると手元は全く見えません。手に持った感覚のみで真っすぐ持つのは、本当に難しいのです。
写真を見るまで、自分では真っすぐ持っていないことに気が付きませんでした。
この能は、いかに綺麗に気品を持って謡い、そして舞うことが出来るかが問われます。
一つ一つの所作や型を、とにかく丁寧に演じることを心掛けました。
舞も極めてゆっくり動きます。
ゆっくりとした動きでは、下半身を安定させて動かないと身体がぐらついてしまいます。
能面を着けて視界が制限され、さらに能装束を着てたいそう動きにくい状態では、早く動くよりゆっくり動く方が、身体を安定させるのは難しいものです。
自転車を乗る時をイメージしていただければ良いかと思います。
身体をふらつかせないで、ゆっくりとした速度で自転車に乗るのは、かなりたいへんかと思いますが、そんな感じです。
下半身に力を込めてすり足で運ぶと、膝にたいへんな負担がかかります。
3月に半月板損傷の手術をした左膝は、かなり良くなってきましたが、こういったゆっくりとした動きではけっこう膝にきます。
これだけゆっくりとした動きでも、何とか身体を支えられたので、膝もだいぶん回復しているのだと思います。
最後は、仙界に一人取り残される楊貴妃。

この場面は、演じていて良い気分になりました。
終演後、シーンと水を打ったように静まり返る能楽堂内を、ゆっくり幕へ帰ります。
ここで、少しでも気を抜いて弛んで動くと、今まで積み上げた「楊貴妃」の世界観が崩れます。
細心の注意を払って作り物から出て、気品を持って幕へ進みました。
静寂が場内を支配する静寂が、心地よかったです。
50を超えたおじさんである私が、絶世の美女・楊貴妃を演じることが出来るのが能という演劇のすばらしさです。
kuwata_takashi at 23:00│Comments(0)│