2022年02月28日
「項羽」御礼
若竹能「項羽」、終わりました。
いつものように演能レポートをまとめます。
今回は、新型コロナウイルス・オミクロン株の大流行の中での開催です。
何はともあれ、無事に若竹能が開催されホッとしました。
まん延防止等重点措置の期間中にも関わらず、多くのお客様にご来場いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
今回の若竹能のテーマは「異国探訪」
中世の日本人にとって異国とは、即ち中国のことでした。
北京五輪が終わった直後のタイミングで、中国物シリーズの上演です。いかにも、時期を合わせた企画に見えますが、まったくの偶然です。
そもそも、この「異国探訪」の企画をまとめたのは2019年の暮でした。
もともとは2021年の若竹能の企画でしたが、コロナ禍により一年延期になり、ちょうど北京五輪の時期に重なりました。
北京五輪を見ていて思うのは、中国人の色彩感覚の鮮やかさです。
開会式や閉会式でも、色彩豊かな演出が目につきます。
だいたいにおいて中国人は、赤色を好むようです。
昔、シンガポールで中国人にどうして赤色のものばかり身に着けるのか聞いたら、赤は「魔よけの色」ということで冠婚葬祭などで好んで着るそうです。
中国の国旗は赤色ということもあり、団体競技のユニフォームはだいたい赤色ですし、個人競技でも圧倒的に赤色のウェアを着ています。
男子フィギュアスケート金メダルのネイサン・チェンは中国系アメリカ人なのに、衣装は鮮やかな赤色でした。これは、中国人のDNAに組み込まれている色彩感覚なのでしょう。
そんな訳で、今回は赤を基調とした装束の取り合わせをしてみました。
向かって左がシテの項羽、右が項羽の后の虞美人です。
いかにも中国風の取り合わせです。
項羽が着ている上着は、赤地の法被です。これはとても珍しい配色の装束です。赤地の法被を持っている能の家は少ないようです。大変に珍しがられます。
しかし、この赤地法被は鮮やかすぎて、なかなか実際の舞台では使われません。
ネイサン・チェンのフィギュア・スケートを見ていた時、ふとヒラメキました。
「あの赤地法被、項羽にピッタリじゃないか」
よいヒラメキでした。
今回はとにかく派手な装束を取り合わせました。
赤地の上着の下には、黄色と青色の段模様の厚板を着ました。
何とも派手ですが、何となく成り立つのが能装束のすごさです。
洋服で例えると、黄色と青色の縞のシャツの上に赤色のジャケットを着ているようなものです。
ちょっと考えられないような取り合わせですが、能装束ではそれなりになっているのが面白いところです。
前シテの老人も、派手な装束を選びました。
普通は、老人は無地熨斗目とか小格子厚板のような地味な装束を着ます。
今回は、ご覧の通り飛雲模様の派手な厚板を着ました。
もう一番の能の「東方朔」と老人の役が重なるので、頭も淵明頭巾(えんめいずきん)という変わった被り物をしました。
ワキが持つ花の挟み草は、今回新たに制作しました。
矢来能楽堂にある挟み草は、春の花で飾られています。
それもそのはず、この挟み草は「雲雀山」という春の季節の能のために作られたものだからです。
「項羽」は秋の曲なので、季節感を大事にするため、新たに制作することにしました。
浅草橋の造花屋さんにいって、コスモスや桔梗、ポピーなど秋の花を大量に買い込んで、自作しました。
内弟子修業は、よくこうやって小道具を作ったなあと、懐かしく思いながら、花盛りの挟み草を作りました。これでもかというくらい花を盛り込んで、たいそう華やかな挟み草を作りました。
能楽師って、大道具や小道具も自分たちで作らなければなりません。手先が器用じゃないとできない商売です。
能面は、観世喜之家のお宝面の一つ「東江(とごう)」です。
少々、怖い面相をしているので、用途が限られる能面です。
日本人離れした顔立ちが、いかにも「項羽」にピッタリと思い、師匠にお願いして使用させていただきました。
コワモテでありながらどこか愁いを帯びた表情が、良い効果を生んでいたと思います。
このように今回は、装束や能面、小道具にこだわりました。
こういった工夫が、シテが自ら出来るのも能の良さだと思います。
さて、肝心の舞台ですが、少々悔いの残るものとなってしまいました。
前場はうまく出来ました。
老人の出で立ちですが、実は中国の豪傑・項羽の化身です。とにかく強く演じることを心掛けました。
前場の見せ場の「語り」では、老体を意識しつつも、内面から項羽の強さを爆発させて謡いました。
所作も大振りに演じてみました。
良い手ごたえで前場を終え、いよいよ後場です。
後シテ項羽は、矛(ほこ)という中国風の武器を持ちます。矛は他には「逆矛」にしか用いない珍しい持ち物です。
この矛を振り回しながら縦横無尽に動き回り、
一畳台に飛び乗り飛び降り、大立ち回りを見せます。
身を投げた虞美人を矛で探す型は、この能にしかない特殊なものです。
今回はよりリアルに写実的に演じてみました。効果的に演じられたように思います。
この辺までは順調でした。そこで油断したわけではないのですが、その後落とし穴がありました。
この、虞美人を捜す段落「舞働」が終わった後、台に飛び乗り矛を突いたとき、矛が台から外れてしまいました。
ほんの少しのことなのですが、能面を付けていると視界が狭いので、矛がどうなっているのか自分では分かりません。
感触的に、どうやら台の上で突くはずだった矛を、台の下に突いているようです。
そんなことを考えていたら、シテ謡を謡うタイミングを失敗してしまいました。
シテ謡なのに、何故か地謡と勘違いしてしまい、謡に変な間が出来てしまいました。
「あちゃ~ やっちまった」
こう思ったが運の尽き、その後の型を2~3ミスしました。
ミス自体は細かいものでしたが、続けて起こったことは、大きなショックでした。
一つの失敗から、失敗が連鎖することはよくあります。人間、失敗すれば誰しも動揺します。
しかしプロの能役者として、それは避けなければなりません。
だいたい、舞台で調子のよい時ほど落とし穴があるものです。
舞台の怖さを改めて思い知らされました。
いつものように演能レポートをまとめます。
今回は、新型コロナウイルス・オミクロン株の大流行の中での開催です。
何はともあれ、無事に若竹能が開催されホッとしました。
まん延防止等重点措置の期間中にも関わらず、多くのお客様にご来場いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
今回の若竹能のテーマは「異国探訪」
中世の日本人にとって異国とは、即ち中国のことでした。
北京五輪が終わった直後のタイミングで、中国物シリーズの上演です。いかにも、時期を合わせた企画に見えますが、まったくの偶然です。
そもそも、この「異国探訪」の企画をまとめたのは2019年の暮でした。
もともとは2021年の若竹能の企画でしたが、コロナ禍により一年延期になり、ちょうど北京五輪の時期に重なりました。
北京五輪を見ていて思うのは、中国人の色彩感覚の鮮やかさです。
開会式や閉会式でも、色彩豊かな演出が目につきます。
だいたいにおいて中国人は、赤色を好むようです。
昔、シンガポールで中国人にどうして赤色のものばかり身に着けるのか聞いたら、赤は「魔よけの色」ということで冠婚葬祭などで好んで着るそうです。
中国の国旗は赤色ということもあり、団体競技のユニフォームはだいたい赤色ですし、個人競技でも圧倒的に赤色のウェアを着ています。
男子フィギュアスケート金メダルのネイサン・チェンは中国系アメリカ人なのに、衣装は鮮やかな赤色でした。これは、中国人のDNAに組み込まれている色彩感覚なのでしょう。
そんな訳で、今回は赤を基調とした装束の取り合わせをしてみました。
向かって左がシテの項羽、右が項羽の后の虞美人です。
いかにも中国風の取り合わせです。
項羽が着ている上着は、赤地の法被です。これはとても珍しい配色の装束です。赤地の法被を持っている能の家は少ないようです。大変に珍しがられます。
しかし、この赤地法被は鮮やかすぎて、なかなか実際の舞台では使われません。
ネイサン・チェンのフィギュア・スケートを見ていた時、ふとヒラメキました。
「あの赤地法被、項羽にピッタリじゃないか」
よいヒラメキでした。
今回はとにかく派手な装束を取り合わせました。
赤地の上着の下には、黄色と青色の段模様の厚板を着ました。
何とも派手ですが、何となく成り立つのが能装束のすごさです。
洋服で例えると、黄色と青色の縞のシャツの上に赤色のジャケットを着ているようなものです。
ちょっと考えられないような取り合わせですが、能装束ではそれなりになっているのが面白いところです。
前シテの老人も、派手な装束を選びました。
普通は、老人は無地熨斗目とか小格子厚板のような地味な装束を着ます。
今回は、ご覧の通り飛雲模様の派手な厚板を着ました。
もう一番の能の「東方朔」と老人の役が重なるので、頭も淵明頭巾(えんめいずきん)という変わった被り物をしました。
ワキが持つ花の挟み草は、今回新たに制作しました。
矢来能楽堂にある挟み草は、春の花で飾られています。
それもそのはず、この挟み草は「雲雀山」という春の季節の能のために作られたものだからです。
「項羽」は秋の曲なので、季節感を大事にするため、新たに制作することにしました。
浅草橋の造花屋さんにいって、コスモスや桔梗、ポピーなど秋の花を大量に買い込んで、自作しました。
内弟子修業は、よくこうやって小道具を作ったなあと、懐かしく思いながら、花盛りの挟み草を作りました。これでもかというくらい花を盛り込んで、たいそう華やかな挟み草を作りました。
能楽師って、大道具や小道具も自分たちで作らなければなりません。手先が器用じゃないとできない商売です。
能面は、観世喜之家のお宝面の一つ「東江(とごう)」です。
少々、怖い面相をしているので、用途が限られる能面です。
日本人離れした顔立ちが、いかにも「項羽」にピッタリと思い、師匠にお願いして使用させていただきました。
コワモテでありながらどこか愁いを帯びた表情が、良い効果を生んでいたと思います。
このように今回は、装束や能面、小道具にこだわりました。
こういった工夫が、シテが自ら出来るのも能の良さだと思います。
さて、肝心の舞台ですが、少々悔いの残るものとなってしまいました。
前場はうまく出来ました。
老人の出で立ちですが、実は中国の豪傑・項羽の化身です。とにかく強く演じることを心掛けました。
前場の見せ場の「語り」では、老体を意識しつつも、内面から項羽の強さを爆発させて謡いました。
所作も大振りに演じてみました。
良い手ごたえで前場を終え、いよいよ後場です。
後シテ項羽は、矛(ほこ)という中国風の武器を持ちます。矛は他には「逆矛」にしか用いない珍しい持ち物です。
この矛を振り回しながら縦横無尽に動き回り、
一畳台に飛び乗り飛び降り、大立ち回りを見せます。
身を投げた虞美人を矛で探す型は、この能にしかない特殊なものです。
今回はよりリアルに写実的に演じてみました。効果的に演じられたように思います。
この辺までは順調でした。そこで油断したわけではないのですが、その後落とし穴がありました。
この、虞美人を捜す段落「舞働」が終わった後、台に飛び乗り矛を突いたとき、矛が台から外れてしまいました。
ほんの少しのことなのですが、能面を付けていると視界が狭いので、矛がどうなっているのか自分では分かりません。
感触的に、どうやら台の上で突くはずだった矛を、台の下に突いているようです。
そんなことを考えていたら、シテ謡を謡うタイミングを失敗してしまいました。
シテ謡なのに、何故か地謡と勘違いしてしまい、謡に変な間が出来てしまいました。
「あちゃ~ やっちまった」
こう思ったが運の尽き、その後の型を2~3ミスしました。
ミス自体は細かいものでしたが、続けて起こったことは、大きなショックでした。
一つの失敗から、失敗が連鎖することはよくあります。人間、失敗すれば誰しも動揺します。
しかしプロの能役者として、それは避けなければなりません。
だいたい、舞台で調子のよい時ほど落とし穴があるものです。
舞台の怖さを改めて思い知らされました。
kuwata_takashi at 22:00│Comments(0)│