2020年12月14日
「唐船」御礼①
観世九皐会定例会にて、「唐船」を演じました。
ご来場の皆様、厚く御礼申し上げます。
依然として収まることのない新型コロナウイルスですが、能楽の公演は、予定通りに行われるようになってきました。
政府のイベントに関する規制の指針でも、能楽や歌舞伎などの古典芸能の鑑賞はは感染リスクが低いと名指しでお墨付きをいただき、お客様も収容人数の100%入場しても良いことになっています。
演者側も、お客様側も、お互い気を付けて、楽しく能楽堂で時を過ごしていただきたいと願うばかりです。
さて、能「唐船」ですが、この能は子方が4人も登場する賑やかで楽しい能です。
父親を迎えに来る中国の子(唐子)は長男・潤之介と次男・大志郎にさせました。
そして、日本で生まれた子供(日本子)は佐久間二郎さんと新井麻衣子さんのお子様にお願いしました。
舞台にこれだけ子供がいると華やかで良いですね。
一方、私は何故か老人の格好をして出てきます。
小さな子供がいる父親ですから、普通に考えれば30代か40代くらいの設定です。
昔は40代とは老人扱いだったのでしょうか?
これは、能ではよく出てくる手法です。
「天鼓」や「昭君」でも、少年や少女の父親が老人姿で登場します。
哀れな父親を表現するためには、壮年の父親より、老人姿の方が様になるのでしょう。

今回、この出で立ちは工夫しました。
この能のシテは、前半は馬や牛の世話をする農夫の役どころで、後半は正装して子供に再会して舞を舞います。
本来、この能では前半の頭は「尉髪」という鬘を着け、物着で「唐帽子」という立派で物々しい被り物に変えます。
この頭の扮装を変えるのに、凄い時間がかかります。
また、巡りあわせの悪いことに、尉髪は、この日の一部の能「小鍛冶 白頭」で使用し、唐帽子は先月の九皐会の「天鼓」で使用しました。
装束はなるべく同じものを使用しない方が良いので、困りました。
考えた結果、「三笑」という能で使用する「淵明頭巾(えんめいずきん)」という被り物をしました。
「三笑」は中国が舞台の能です。その中でツレの陶淵明がつけるのが淵明頭巾です。
中国っぽい被り物なので、中国人の「唐船」のシテ(祖慶官人)が着けても違和感がありません。
そしてこの被り物なら、前半の農夫にも後半の正装にもどちらでも対応できます。
物着で頭を変える必要がありません。
また、上着も水衣という作業着から、法被という正装に着替えます。
これも時間がかかりますので、水衣の中に法被を着込みました。
水衣は上の写真のように袖を上げた状態で着るので、中に袖が二反分ある大ぶりの法被を着込むのは苦労しました。
法被を小さく折りたたんで、上手く見えないように着せてもらいました。
物着とは、舞台上で装束を変える手法なのですが、だいたいの能では、囃子の演奏かアイ狂言のコトバが入ります。その間に着替えるのですが、この能はどちらもなく、無音で行われます。
なるべく手早く行う必要があります。
前回兄弟子が演じた「唐船」のビデオを見ましたが、物着に5分くらい費やしています。
舞台の進行を止めて、5分も舞台上で着替えているのはいかんせん長すぎます。
今回は、上記のような工夫をしたので、1分もかからずに物着が完成しました。
なかなか良い工夫だったように思います。
また、中に着る厚板は本来は小格子という格子模様の装束を着るのが老人の姿では決まりなのですが、この小格子も一部の「小鍛冶」で使われています。
思い切って、中国っぽい柄の派手な厚板を着てみました。
この紺色の模様は、「くろふね」といいます。名前の由来は諸説ありますが、見るからに異国情緒のある模様です。
なかなか良い装束の取り合わせだったと思います。
能面は、九皐会のお宝面の一つである「阿古父尉(あこぶじょう)」を使わさせていただきました。
17世紀に活躍した能面打ち・夕閑作の古い能面です。
400年くらい前に作られた能面が、舞台で普通に使われているのが能という演劇です。
こだわった装束のことを書いているうちに、随分長くなってしまいました。
続きは、後日書きます。
ご来場の皆様、厚く御礼申し上げます。
依然として収まることのない新型コロナウイルスですが、能楽の公演は、予定通りに行われるようになってきました。
政府のイベントに関する規制の指針でも、能楽や歌舞伎などの古典芸能の鑑賞はは感染リスクが低いと名指しでお墨付きをいただき、お客様も収容人数の100%入場しても良いことになっています。
演者側も、お客様側も、お互い気を付けて、楽しく能楽堂で時を過ごしていただきたいと願うばかりです。
さて、能「唐船」ですが、この能は子方が4人も登場する賑やかで楽しい能です。
父親を迎えに来る中国の子(唐子)は長男・潤之介と次男・大志郎にさせました。
そして、日本で生まれた子供(日本子)は佐久間二郎さんと新井麻衣子さんのお子様にお願いしました。
舞台にこれだけ子供がいると華やかで良いですね。
一方、私は何故か老人の格好をして出てきます。
小さな子供がいる父親ですから、普通に考えれば30代か40代くらいの設定です。
昔は40代とは老人扱いだったのでしょうか?
これは、能ではよく出てくる手法です。
「天鼓」や「昭君」でも、少年や少女の父親が老人姿で登場します。
哀れな父親を表現するためには、壮年の父親より、老人姿の方が様になるのでしょう。

今回、この出で立ちは工夫しました。
この能のシテは、前半は馬や牛の世話をする農夫の役どころで、後半は正装して子供に再会して舞を舞います。
本来、この能では前半の頭は「尉髪」という鬘を着け、物着で「唐帽子」という立派で物々しい被り物に変えます。
この頭の扮装を変えるのに、凄い時間がかかります。
また、巡りあわせの悪いことに、尉髪は、この日の一部の能「小鍛冶 白頭」で使用し、唐帽子は先月の九皐会の「天鼓」で使用しました。
装束はなるべく同じものを使用しない方が良いので、困りました。
考えた結果、「三笑」という能で使用する「淵明頭巾(えんめいずきん)」という被り物をしました。
「三笑」は中国が舞台の能です。その中でツレの陶淵明がつけるのが淵明頭巾です。
中国っぽい被り物なので、中国人の「唐船」のシテ(祖慶官人)が着けても違和感がありません。
そしてこの被り物なら、前半の農夫にも後半の正装にもどちらでも対応できます。
物着で頭を変える必要がありません。
また、上着も水衣という作業着から、法被という正装に着替えます。
これも時間がかかりますので、水衣の中に法被を着込みました。
水衣は上の写真のように袖を上げた状態で着るので、中に袖が二反分ある大ぶりの法被を着込むのは苦労しました。
法被を小さく折りたたんで、上手く見えないように着せてもらいました。
物着とは、舞台上で装束を変える手法なのですが、だいたいの能では、囃子の演奏かアイ狂言のコトバが入ります。その間に着替えるのですが、この能はどちらもなく、無音で行われます。
なるべく手早く行う必要があります。
前回兄弟子が演じた「唐船」のビデオを見ましたが、物着に5分くらい費やしています。
舞台の進行を止めて、5分も舞台上で着替えているのはいかんせん長すぎます。
今回は、上記のような工夫をしたので、1分もかからずに物着が完成しました。
なかなか良い工夫だったように思います。
また、中に着る厚板は本来は小格子という格子模様の装束を着るのが老人の姿では決まりなのですが、この小格子も一部の「小鍛冶」で使われています。
思い切って、中国っぽい柄の派手な厚板を着てみました。
この紺色の模様は、「くろふね」といいます。名前の由来は諸説ありますが、見るからに異国情緒のある模様です。
なかなか良い装束の取り合わせだったと思います。
能面は、九皐会のお宝面の一つである「阿古父尉(あこぶじょう)」を使わさせていただきました。
17世紀に活躍した能面打ち・夕閑作の古い能面です。
400年くらい前に作られた能面が、舞台で普通に使われているのが能という演劇です。
こだわった装束のことを書いているうちに、随分長くなってしまいました。
続きは、後日書きます。
kuwata_takashi at 19:21│Comments(0)│