2014年06月22日
「邯鄲」御礼
第5回 桑田貴志 能まつり「邯鄲」
無事終わりました。
満員のお客様を迎え、滞りなく運営できたことは主催者としては感無量です。
ご来場の皆様、御礼申し上げます。
今回は、主催公演での初めての親子共演です。
楽屋内はとにかく慌ただしかったです。
主催公演はいつだって忙しいのですが、今回は子供の世話もしなくてはならないので、倍疲れました。
「邯鄲」は、とにかく為所の多い能です。
最初はナイーブな青年として現れます。
夢の中では皇帝となり、50年の人生の栄華を謳歌します。
最後は夢から覚めて、悟りを得る。
この様に、一つの能の中で様々な役割を演じ分けなければなりません。
能にしては破格の構成です。
最初は、じっくりと謡を謡い、常の能のような導入です。
「次第」の登場囃子でゆっくり登場して、じっくり「次第」「名ノリ」「道行」の謡を謡います。
ここは、申合で具合の悪かったところです。
慎重に謡いました。
その後、アイとのやりとりがあって、邯鄲の里で宿を借ります。
宿屋で枕を借りて夢に落ちるときは、ナント一畳台の上でゴロンと横になります。
こんなこと、他の能では決してしません。
こういう演技はとっても難しいのです。
全ての所作に美が求められるのが能という演劇です。
その辺のおっさんが、「よっこらせ!」 と寝っころぶわけにはいきません。
なるべく無駄のない、美しい動きでゴロンと横になるように心がけました。
言葉では、動きのニュアンスは伝えられないのですが、細心の注意で横になりました。
夢の中では、皇帝として堂々と演じなければなりません。
上の写真は、台上で両手を掲げ、皇帝の威厳を示すシーンです。
ほとんど動かず、居佇まいで皇帝にならなければなりません。
これも、至難なことです。
この時、舞台上に子方と大臣3人が居並んでいます。
長男がどうしているか気になりましたが、実は能面をつけている私には、長男の姿は全く見えません。
見えないと、ますます気になります。
まあ、気にしないようにしました。
その後の子方の舞も、私の前を通るとき、断片的に見えるだけです。
きっと首尾よく舞っているだろうと、信じることにしました。
その後、一畳台の上で「楽」という重厚な舞を舞います。
畳一枚分のスペースで舞わなければなりません。難しい舞です。
ただ、稽古は嫌というほど積みました。
スペースが狭いことによる舞いにくさは、ほとんど感じませんでした。
それより盲点だったのが、一畳台を覆う、台掛けという布きれの上で舞うことでした。
板の上と違って、フェルトの布の上は足にまとわりつきます。
それに、布が動いて落ち着かず、とにかく舞いにくかったです。
狭いことの舞いにくさは想像できたので、懸命に対策を練りましたが、布の上で舞うことの難しさなど、全く思いもよりませんでした。
あと、やはり能面をかけると遠近感がつかみづらいなあと思うところはありました。
それを言い訳にするわけではないのですが、舞の型を一か所間違えてしまいました。
稽古では一度も間違えたことのない場所です。
やはり舞台って怖いですね。
思わぬ場所での間違えでしたが、落ち着いてリカバーしました。
まあ、相対的には上手く舞えたかなと思います。
眼目の「空下り」という技もピタリと決まりました。
これは、わざと一畳台から踏み外して、慌てて台上に柱につかまりながら戻って首を振る型です。
一瞬落ちそうになることで、観客をはっとさせる効果と共に、夢から覚めそうになっていることの暗示です。
舞を舞っている時、チラチラ子供の姿が見えます。
なかなか堂々と座っています。
一週間前の「桜川」の子方では、へにゃへにゃになってしまったので、この一週間、座る稽古を毎日しました。
やはり、稽古を重ねると座り方も綺麗になるものです。
この能の子方のしんどいところは、20分くらい座った後、シテが夢から覚めるシーンで、おもむろに立ち上がるや否や、切戸口へ素早く行かなければなりません。
足がしびれたまま急に動くので、焦って転んでしまうこともあります。
何度も稽古したので、長男は自信を持ってやっていたようです。
(例のごとく、能面をかけている私には全く見えません)
後で本人に聞くと、「痛かったよ」とは言っていましたけど。
今回は、夢から覚めるシーンで「飛び込み」の大技をやってみました。
これは、夢から覚める前、一畳台の横から台の上へ飛び込み反転して、空中で寝る姿勢を作ってそのまま台上へ飛び降りるという、ケレン味たっぷりの技です。
危険なので、普通はやらないのですが、せっかくなので挑戦してみました。
ケガが怖いので、練習はしませんでした。
本番一発勝負です。
能面をかけて視界がほとんどありません。
体に染みついている能舞台の広さの感覚だけが頼りです。
だいたいこの辺かなあと思う所へ走りこんで、体をひねって「エイや」と思い切って飛んでみました。
タイミングがずれると、大惨事になりかねない大技でしたが、バッチリ決まりました。
「おー!!」
とお客様が思わず声を上げているのが聞こえました。
その後、夢から覚めた後はしんどかったです。
その前に動きの激しい舞を舞って、最後には「飛び込み」という大技を決めて心拍数はMAXです。
ハアハアいう動悸を抑えて、低く深い発声で謡います。
50年の栄華から覚めて、夢かうつつか分からないまま茫然とした様を表現しなければなりません。
ここの謡が、「邯鄲」の最大の難所だと思います。
気力を振り絞って謡いおさめました。
終わってみて、「なんだか楽しかった」と思いました。
こんなこと感じたのは初めてです。
多分、舞台の上で一生分を生きたからでしょう。