2010年01月27日
深川の職人
私が一番気に入っている靴。気がつくとつま先の靴底が少しはがれています。
わずか3センチくらいですが、こういったキズは、浅いうちに直したほうが良いにきまっています。
以前も、やはり気に入っていた靴のかかとがはがれたことがありました。
買った靴屋に持っていっても全く取り合ってくれません。
「ああ、これは買い換えた方が早いよ」
というだけです。
今時、靴の修理なんて割の合わないことをやってくれる靴屋さんなんてほとんどありません。
以前住んでいた葛西の駅前の合い鍵屋が、靴の修理も扱っているというので持っていってみました。
すると、わずか1000円でかかとをくっつけてくれました。
喜んで再び履きましたが、やはり後から付けたかかとはすぐはがれます。
その都度、持っていくとすぐに直してくれました。
ただ、そのうち頻繁にはがれるようになり、やがて履けなくなってしまいました。
まあ、寿命でしょう。
でも、何度も修理しながら大事に履けたことに、満足でした。
で、今回も、このお気に入りの靴をどこかで直してもらおうと、近所を探してみました。
すると、「靴の修理承ります」という看板を、見つけました。
商店街にひっそりとある小さな靴屋さんです。なぜかシャッターが半分おりています。
私は恐る恐る入ってみました。
誰もいない。なんて不用心なトコだ。私は大声を出しました。
「ごめんください」
「はーい」
ご主人がめんどくさそうにやってきます。
「この靴なおりますか」
「お、カッコイイ靴だねえ。こんなのすぐだよ。ちょっとすわってな」
「ワシは女房に死なれてなあ、もう80だよ」
「店は、適当だよ。在庫処分みたいなもんだよ。靴なんか売れやしない」
ご主人は、朴とつとしゃべりだします。
夕方から病院に行かなければならない私は急いでいます。
「あのー、時間かかるのでしたら出直しますけど」
「ああ、待ってろ」
ご主人は、ヘラを取り出し、私の靴のつま先の割れ目に突っ込みます。
何をするんだろうと見ていると、いきなり
メリ!!
割れ目をこじ開けました。瞬く間に3センチばかしの小さな割れ目は10センチもの大きな裂け目となってしまいました。
「大丈夫だろうか・・・」
しかし、慣れた手つきでヤスリをかけて接着剤らしきものを塗っています。
「おお、さすがの手つき。これなら安心だ。」
しかしご主人は、またしゃべり出します。
「しかし、突然死んだんだよ。3月だから、4・5・6・・・・ もう10カ月だよ」
奥様が亡くなってよっぽどショックだったのでしょう。
でも初対面の私に、そんなに思い出話を語らなくても・・・
見ると、靴の裂け目はまだ裂けたまま
接着剤付けたはずなのに、全然直ってないじゃん。というより、ますますひどくなってるような気がする。
ご主人の話は、いつの間にか自分が靴屋を始めた頃の話になっています。
「最近の靴は全部工場でつくるからな、全然だめだ。昔は、ワシのほかに2人職人がいたが(どこに?)、今はワシだけだ」
壁をみると、靴の手作りの技能者証書のようなものが飾っています。
「ご主人は、靴を手作りするのですか?」
「おおそうだ。ちょっと待ってろ」
お主人は、奥から靴の部品を取り出し始めます。
つま先が10センチほど裂けたままほっぽり出されている私の靴が気になります。
「あの、私の靴は・・・」
「今、乾くから待ってろ」
相変わらず、裂け目は裂けたまま。いくら待ったって、絶対に直りっこない。だいたい、さっき塗った接着剤が乾いたら、もう着かないのでは・・
時間のない私は、だんだんあせってきました。
イライラしている私をよそに、ご主人は靴の作り方の説明を始めました。
「この革を見てみろ、良い革だろう。これは1500円で買えるんだぞ。そして、これとこれを縫い合わせて・・・」
お話は面白いんですが・・・
だめだ、こんな店来るんじゃなかった。急いでいる私は靴を引き取って帰ろうとしました。
「おお、もういいかな」
ご主人は、おもむろに作業を始めると、瞬く間に裂け目は埋まり、きれいに仕上がりました。
なんでも、乾かないとうまく着かない接着剤なのだそうです。
だから、裂け目にぬったまま。放置してたのか・・・
考えてみれば、未だに靴を手作りしている職人なんて、そうそういないでしょう。実はすごいオヤジなんじゃないかな。
あまりに見事な、修理の手際にほれぼれしました。すごい職人です。まさに職人芸。本当に感服しました。
しかし、少し不安になりました。
駅前の合い鍵屋は、1000円でやってくれましたが、こんな腕の良い職人に直していただいたら、いくらかかるんだろう?
「あの、お代は・・・」
「え、そんなのイイよ」
「え!! そんな訳にいきません」
「そう、じゃあ50円」
50円!!! 駄菓子屋じゃああるまいし、そんな値段はないだろう。
「いえ、それでは安すぎます。500円、いや1000円位はお支払いします」
ご主人は少し語気を強めて
「バカ言ってんじゃねえ、こんな軽い仕事で銭なんて貰えるか」
その剣幕に、恐れて私が財布から50円を出して渡すと、ご主人は嬉しそうに50円を眺めています。
「これは価値あるお金だねえ・・・ あ、そうだその靴、かかともはがれそうだよ。はがれたらすぐ持っておいで」
下町には、こんな職人がまだ残っているんだなあ。
でも、ご主人も80歳。後を継ぐ者はいないそうです。こうして途絶える職人芸って、数多くあるのでしょうねえ。さみしい限りです。
結局、病院の予約時間には遅れましたが、良いひと時でした。
わずか3センチくらいですが、こういったキズは、浅いうちに直したほうが良いにきまっています。
以前も、やはり気に入っていた靴のかかとがはがれたことがありました。
買った靴屋に持っていっても全く取り合ってくれません。
「ああ、これは買い換えた方が早いよ」
というだけです。
今時、靴の修理なんて割の合わないことをやってくれる靴屋さんなんてほとんどありません。
以前住んでいた葛西の駅前の合い鍵屋が、靴の修理も扱っているというので持っていってみました。
すると、わずか1000円でかかとをくっつけてくれました。
喜んで再び履きましたが、やはり後から付けたかかとはすぐはがれます。
その都度、持っていくとすぐに直してくれました。
ただ、そのうち頻繁にはがれるようになり、やがて履けなくなってしまいました。
まあ、寿命でしょう。
でも、何度も修理しながら大事に履けたことに、満足でした。
で、今回も、このお気に入りの靴をどこかで直してもらおうと、近所を探してみました。
すると、「靴の修理承ります」という看板を、見つけました。
商店街にひっそりとある小さな靴屋さんです。なぜかシャッターが半分おりています。
私は恐る恐る入ってみました。
誰もいない。なんて不用心なトコだ。私は大声を出しました。
「ごめんください」
「はーい」
ご主人がめんどくさそうにやってきます。
「この靴なおりますか」
「お、カッコイイ靴だねえ。こんなのすぐだよ。ちょっとすわってな」
「ワシは女房に死なれてなあ、もう80だよ」
「店は、適当だよ。在庫処分みたいなもんだよ。靴なんか売れやしない」
ご主人は、朴とつとしゃべりだします。
夕方から病院に行かなければならない私は急いでいます。
「あのー、時間かかるのでしたら出直しますけど」
「ああ、待ってろ」
ご主人は、ヘラを取り出し、私の靴のつま先の割れ目に突っ込みます。
何をするんだろうと見ていると、いきなり
メリ!!
割れ目をこじ開けました。瞬く間に3センチばかしの小さな割れ目は10センチもの大きな裂け目となってしまいました。
「大丈夫だろうか・・・」
しかし、慣れた手つきでヤスリをかけて接着剤らしきものを塗っています。
「おお、さすがの手つき。これなら安心だ。」
しかしご主人は、またしゃべり出します。
「しかし、突然死んだんだよ。3月だから、4・5・6・・・・ もう10カ月だよ」
奥様が亡くなってよっぽどショックだったのでしょう。
でも初対面の私に、そんなに思い出話を語らなくても・・・
見ると、靴の裂け目はまだ裂けたまま
接着剤付けたはずなのに、全然直ってないじゃん。というより、ますますひどくなってるような気がする。
ご主人の話は、いつの間にか自分が靴屋を始めた頃の話になっています。
「最近の靴は全部工場でつくるからな、全然だめだ。昔は、ワシのほかに2人職人がいたが(どこに?)、今はワシだけだ」
壁をみると、靴の手作りの技能者証書のようなものが飾っています。
「ご主人は、靴を手作りするのですか?」
「おおそうだ。ちょっと待ってろ」
お主人は、奥から靴の部品を取り出し始めます。
つま先が10センチほど裂けたままほっぽり出されている私の靴が気になります。
「あの、私の靴は・・・」
「今、乾くから待ってろ」
相変わらず、裂け目は裂けたまま。いくら待ったって、絶対に直りっこない。だいたい、さっき塗った接着剤が乾いたら、もう着かないのでは・・
時間のない私は、だんだんあせってきました。
イライラしている私をよそに、ご主人は靴の作り方の説明を始めました。
「この革を見てみろ、良い革だろう。これは1500円で買えるんだぞ。そして、これとこれを縫い合わせて・・・」
お話は面白いんですが・・・
だめだ、こんな店来るんじゃなかった。急いでいる私は靴を引き取って帰ろうとしました。
「おお、もういいかな」
ご主人は、おもむろに作業を始めると、瞬く間に裂け目は埋まり、きれいに仕上がりました。
なんでも、乾かないとうまく着かない接着剤なのだそうです。
だから、裂け目にぬったまま。放置してたのか・・・
考えてみれば、未だに靴を手作りしている職人なんて、そうそういないでしょう。実はすごいオヤジなんじゃないかな。
あまりに見事な、修理の手際にほれぼれしました。すごい職人です。まさに職人芸。本当に感服しました。
しかし、少し不安になりました。
駅前の合い鍵屋は、1000円でやってくれましたが、こんな腕の良い職人に直していただいたら、いくらかかるんだろう?
「あの、お代は・・・」
「え、そんなのイイよ」
「え!! そんな訳にいきません」
「そう、じゃあ50円」
50円!!! 駄菓子屋じゃああるまいし、そんな値段はないだろう。
「いえ、それでは安すぎます。500円、いや1000円位はお支払いします」
ご主人は少し語気を強めて
「バカ言ってんじゃねえ、こんな軽い仕事で銭なんて貰えるか」
その剣幕に、恐れて私が財布から50円を出して渡すと、ご主人は嬉しそうに50円を眺めています。
「これは価値あるお金だねえ・・・ あ、そうだその靴、かかともはがれそうだよ。はがれたらすぐ持っておいで」
下町には、こんな職人がまだ残っているんだなあ。
でも、ご主人も80歳。後を継ぐ者はいないそうです。こうして途絶える職人芸って、数多くあるのでしょうねえ。さみしい限りです。
結局、病院の予約時間には遅れましたが、良いひと時でした。
kuwata_takashi at 23:00│Comments(0)│TrackBack(0)│