「道成寺」回顧(2)文楽

2009年05月02日

「道成寺」回顧(3)

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鐘に入り、改めて周りを見ます。鐘に入るのは当然初めてです。

まず思ったのが「く、暗い・・・」

想像以上の暗闇で、一人で装束を替えます。一つ一つ慎重に行いました。

「道成寺」の中入は20分近くあります。申合では7分位で装束を変えることが出来ていましたので、けっこう余裕をもって臨みました。

やはり、一つ一つがどうしても申合より時間がかかります。
けっこうギリギリだったのに驚きました。申合の倍以上、時間がかかったようです。

後場は、体力の限界との戦いです。
ここでは、がぜん普段の稽古がモノを言ったように感じました。疲労困憊の中、けっこう余裕があったように記憶しています。

最後、揚幕に飛び込んで、終演後能面を外して我に返りました。
「え、終わったんだよね」

なんだか夢見心地でした。

後見の方と、師匠が近づいて来ます。
精も根も尽き、消え入りそうな小声であいさつしました
「有難うございました」

「良かったよ。おめでとう」
師匠からそう言われて、思わず涙が出てきました。

本当に、終わったのです。



乱拍子で辛くて、苦しくて・・・
「道成寺」なんて二度とやるもんかと、思いました。
でも今は、機会があればまた挑戦したいなあと思えます。


翌日、広島から見に来てくれた両親が、我が家に遊びに来ました。
夕方帰って行った両親を見送って時計を見ると、4時過ぎ。
その時、思わずこう思いました。

「まだ、夕飯まで時間があるなあ。(道成寺の)稽古するか」

あ、もう終わったんだった。


当日、いよいよ幕が開いて「道成寺」の能が始まる直前、こう思いました。
「もう、道成寺はしなくてすむんだあ」

あの苦しい稽古の日々から解放されることを思うと、ホッとしている自分がいました。

でも、今はこう思います
「もう、道成寺の稽古は出来ないのか・・・」

いや、もちろん終わった後、稽古するのは自由です。
実は、今日ちょっと乱拍子をやってみました。

でも、全然違います。乱拍子など、軽く出来ちゃいました。


「道成寺は、能楽師の卒業試験」と良く言われます。
もう、卒業したのかなあ。

そう言えば、今の気持ちって、大学の卒業式の後の気持ちに似ています。

実生活では、学校を卒業して社会に出てからが大事であると言われます。
学生時代のような甘えは許されず、自分で全て責任を持って人生を切り開いて行かなければなりません。

能楽修業も同じです。
これからが本当の勝負です。

打ち上げの席で、師匠からこう言われました。
「取りあえず、おめでとう。でも、これからが大切だよ。だいたい、『道成寺』を終えると芸が下がるから」

この言葉を胸に刻んで、これからの能楽修業に励みます。
一番一番の能を大事に思い、心を込めて勤めたいと思います。



命には終りあり、能には果てあるべからず(世阿弥)


at 19:41│
「道成寺」回顧(2)文楽