2026年02月
2026年02月23日
ヤンゴンから 2

予定していた三公演が終わり、19時の飛行機まで少し時間があります。
大使が、私たちをヤンゴンが誇る世界遺産のパゴダ(寺)であるシュエダゴン・パゴダへ連れて行ってくださいました。
ご覧の通り、何処を見ても金色・金色・金色


この巨大な塔は、いわゆる仏舎利塔です。お釈迦様の髪の毛が安置されているそうです。
100メートルの高さを誇り、周りには60もの金ぴかの仏塔や廟で囲われています。
塔の一番上のには、76カラットのダイヤをはじめ、数々の宝石が埋まっているそうです。宝石の合計は2000カラットほどあるそうです。とんでもない豪華絢爛なパゴダです。

パゴダ内には、映画「ビルマの竪琴」で見た僧侶が歩いています。

僧侶もスマホで写真を撮るほど、圧巻の景色です。

荘厳な景色に見とれていましたが、そのうちミャンマー市民の格好が気になりました。
みんなロンジーというミャンマーの民族衣装を着ています。
昨日の大使館のレセプションでは多く見かけました。たぶん、日本の着物と一緒で正装の時に着る伝統衣装なのかなあと思っていました。
しかし、街中では普段着として男女問わずみんな普通に着ています。


同じ柄のロンジーですが、民族ごとに固有の柄があるそうです。

かと思うと、若い女性は思い思いのカラフルなロンジーを着てオシャレしています。

現地の旅行会社の方に、お土産としてロンジーをいただきました。
試しにはいてみると、これが快適。
高温多湿のミャンマーにはもってこいの服です。
何せ、腰に布を巻くだけです。簡単に着れるし、涼しいし、動きやすい。
これは、手放せません。
日本でも履いてみようかなあ。
ミャンマーは2021年に起きた軍事クーデターによる内戦が続きます。
欧米諸国は軍事政権を認めずに、経済制裁を続けています。
日本も例外ではなく、輸入品がほとんど入ってこない日々だそうです。
何だか、恐ろしく殺伐とした国を想像していましたが、実情は全く違いました。
治安は良いそうです。
確かに、他の東南アジア諸国でよく見かけるスリやひったくりをするため路上にたむろしている怪しい集団は全く見かけません。
野犬がやたら多い気がしましたが、野犬に施し(つまりエサ)を与えると功徳をつめるということで、市民が積極的に食べ物を与えているそうです。だから、野犬もやたら人懐っこい。
人々は、本当にみんな純粋で温かい。
仏教の教えが人々の心に深く刻まれているようです。数々のおもてなしを受けて、とてもやさしい気分になりました。
大変ハードなスケジュールでしたが、ミャンマーに来て良かったと心から思います。
さあ、これから日本へ帰ります。
自分でも信じられませんが、明日は東京で若竹能。能「賀茂」と「百萬」の地謡を謡います。
ところで、午前中の日本人学校でのワークショップは、学校関係者以外に一般のお客様もいらしていました。
ミャンマー人の他に、在住の日本人も多くご来場くださいました。
終了後、お客様に能面を見せながら談笑し、写真を撮ったりして現地の方と交流していたところ、一人の日本人が話しかけてきました。
私のプロフィールを見て、
「あなたは福山市出身ですか、私もそうです」
そう言って渡された名刺を見ると、某有名商社の社員の方でした。
高校の同級生に何人か、そこの商社の社員がいるので名前を挙げたところ、
「ああ、○○はサッカー部の後輩です」
「ん!? ということは、同じ高校ですか?」
伺うと、広島大附福山の3学年上の先輩でした。私が中学一年の時の高校一年です。
3学年上の先輩の話や、当時の先生の話で盛り上がりました。
まさか、ヤンゴンで高校時代の話で盛り上がれるとは思いませんでした。
先輩とは、今度は東京での再会を約束しました。

思わぬ人との出会いに感謝です。
これも、ミャンマーの人の温かさからくるのでしょうか。
kuwata_takashi at 19:32|Permalink│Comments(0)│
2026年02月22日
ヤンゴンから 1

1月に香港に15日間滞在していたので、日本での予定がタイトになっています。
そんな中、今度はミャンマーへ出発です。
とは言うものの、現地滞在は1泊2日。前後に機中泊2日です。
ミャンマーへは直行便はありません。バンコク経由で行きました。
20日(金)の0時20分羽田発のタイ航空に乗りバンコクまで7時間。バンコクで5時間近く乗り継ぎ時間があり、ヤンゴンまでは1時間半。
ヤンゴン到着は現地時間の11時頃でした。
日本とヤンゴンには2時間30分の時差があるので、13時間くらい掛かったことになります。
21日(土)の夜にはもう帰りますので、ミャンマーには実質一日半しか滞在しません。
一日半の間に三公演行い、その前後に13時間の飛行機移動です。
22日(日)の朝に東京に着くと、午後1時より若竹能です。私は「賀茂」と「百萬」の地謡を謡います。
20日から22日までの3日間で東京とヤンゴンを往復して4公演5番組に出演。
自分で書いていて、何だか訳の分からないハードスケジュールです。
ここまでの強行スケジュールは、初めてです。
ちなみにヤンゴンの日中の気温は、35度。恐ろしく暑いです。
しかも、電力事情があまり万全ではなく、何処もあまり冷房が効いていません。
20日は11時に到着した後、21日のワークショップ会場の下見と打ち合わせを行い、昼食をはさんで在ミャンマー日本大使公邸へ向かいます。
20日は、大使公邸にて天皇誕生日を祝うレセプションです。
その中で、能のイベントが行われました。


海外の日本大使館では、天皇誕生日をナショナルデーと定め、大使館主催で様々なイベントを行い、現地の政財界の方と交流するのが通例となっているようです。
昨年は、シンガポールにて在シンガポール大使館主催のレセプションに参加しました。
実は観世喜正先生と在ミャンマー日本大使は、高校大学を通じての同級生という間柄。かなり親しい間柄であることから、このイベントは実現いたしました。
レセプションの後は、大使公邸のプライベート空間。つまり大使が普段生活しているところへ招待され、食事をごちそうになりました。
友達関係でなければ、大使のプライベートの居間など入れません。
大使ご夫妻も、私たちもネクタイと上着を脱いで楽な格好で楽しく食事を致しました。
ホテルに帰って、シャワーを浴びて即ベット。
さすがに疲れ果てました。行きの飛行機内で少し寝ただけで、東京からヤンゴンに移動してすぐに公演です。
泥のように眠りこけました。
翌朝は8時にホテル出発。何だか今、何処にいて何をしているのか分からなくなってきます。
着いたところは、ヤンゴン日本人学校。

入り口にはALSOKの方が警備し、学校内は日本語で溢れています。
ワークショップ会場となるホールは、どう見ても日本の小学校の体育館です。

ステージの横にある校歌のプレートまであります。

能面など展示し、雰囲気は日本の学校公演と何ら変わりません。

日本人学校の生徒さんたちに、簡単な能のパフォーマンスを見ていただき、能の謡や型や摺り足など体験してもらいました。
お昼までワークショップを行い、その後ヤンゴンの有名レストランに移動します。

池にそびえる宮殿のような雰囲気ですが、中はレストランです。

レストラン内には立派な舞台もあり、ミャンマーの伝統芸能を見ながら食事ができるレストランです。
そこで、やはり能パフォーマンスをいたしました。
三公演終えて、ヘトヘトになるかと思いきや、結構元気。
ミャンマーの人たちは素朴で温かく、いろんなところで大変な歓迎をうけ、気持ちの良い2日間でした。
kuwata_takashi at 23:30|Permalink│Comments(0)│
2026年02月01日
香港から2026 11

今日は15日ぶりに日本に帰ります。
スタッフとワークショップ参加者数人にお見送りしていただいて、香港空港の出国手続きをしました。
この後、ちょっとしたミッションがあります。
ワークショップ参加者の中に、バーでバーテンをしている人がいました。
その方は、今日はちょうど空港のイミグレーションを抜けたところのブースで特別出店をしているそうです。
「先生、ぜひ寄ってください」
私も、必ず行くと約束しました。
さあ、そのブースを捜そうと思って気が付きました。
「香港空港には第1と第2ターミナルがあるけど、どっちか聞かなかった」
私がいるのは第1ターミナル。その時点で、確率2分の1です。
さらに、香港空港は想像以上に大きな空港です。
まあ、アジアを代表するハブ空港なので当然なのですが。
あちこち探しまわりましたが、どこにもいません。
「まあ、しょうがないか。後であやまりのメッセージを送ろう」
と思ってたら、彼の連絡先を聞いていないことに気が付きました。
「あらあら、どうしようもないなあ。歩き回って疲れたし、お腹もすいたし、あきらめよう」
と思った矢先、

見つけました。
向かって左側が彼です。
彼は、居合や殺陣をやっていて、大変な日本びいきのナイスガイです。
嬉しい再会です。
彼に特製のジンとカクテルを、何杯もおごっていただきました。
最後に、美味しいお酒をいただいて香港を後にします。
彼からは、店の特製ジンと特製カップをすでにお土産としていただいておりました。
「無名氏」と言って、サムライに因んだ名前だそうです。
せっかくなのでもう一本買いました。
日本で大事に飲もうと思います。

kuwata_takashi at 19:42|Permalink│Comments(0)│