2022年08月
2022年08月29日
映画「犬王」観る
能楽の大成者である観阿弥や世阿弥と同じ時代に活躍した実在の能楽師・犬王。
犬王は、天才能楽師であったと言われ、世阿弥や世阿弥の子・元能などが著した本にも度々登場します。
例えば「世子六十以後申楽談儀」では世阿弥は、犬王が演じる「葵上」を観て「言葉に言い表せないほど素晴らしい」と大絶賛しています。
その天才能楽師・犬王を主人公とする映画が只今公開されていると聞いて、観に行ってきました。
上記のポスターを見るだけでワクワクします。
鑑賞してみて、、、
正直言うと、想像していたものとは違いました。
ただ、映画としては面白かったです。
この映画は、5月公開ながらまだ公開が続いています。最近にしてはかなりのロングラン上映です。
ただ、さすがに上映館は少なくなってきました。もうすぐ公開は終わると思います。
興味を持った方は、映画館へ急いだ方がよいですよ。
能が題材の映画は珍しいです。
アニメ映画ということもあり、客席には若い方がたくさんいました。
この映画を機に、少しでも能に興味を持ってくれる人が出てくれると嬉しいことです。
kuwata_takashi at 20:01|Permalink│Comments(0)│
2022年08月23日
長男 全国大会へ行く(応援に)
昨日、東北地方初となる仙台育英高校の優勝で、全国高校野球選手権大会は幕を閉じました。
高校野球にはもう一つの全国大会があります。軟式野球の全国大会です。
軟式野球の全国大会は明日から明石トーカロ球場にて開催されます。
長男が所属する野球部は、なんと東京大会を勝ち抜き、東京代表として明日からの全国大会に出場します。
長男は1年生ということもあり、スタンドで応援です。
甲子園大会など見ると、スタンドでベンチ入りできなかった部員が一生懸命応援しています。
長男は、まさにあれをやりに行きます。
明日の第1試合に備えて、応援の部員たちは今日から兵庫県に出かけました。
試合に出場する部員は昨日から現地入りして万全の準備を行っていますが、応援の部員はほったらかしです。
今日の夕方、神戸のホテルに現地集合だそうです。
夕方集合なのに、長男は朝早くから出かけました。
他の部員たちと、大阪や神戸の観光をするそうです。
試合に出場する部員は、全国大会を控えて緊張の前日を過ごしていると思いますが、応援隊はきっと大阪や神戸観光を楽しんでいることでしょう。
1回戦負ければ明日には帰ってきますが、決勝まで進むと1週間は帰ってきません。
試合と試合の合間は、出場する部員はみっちり練習ですが、応援隊は特に用事はないそうです。
たぶん、どこか遊びに行くことになるでしょう。
9月の頭には新チームで秋季大会があるので、1・2年生は敗退後即東京に戻り、次の日から秋季大会に向けて新チームで練習だそうです。
勝てば、関西で遊びまくり、負ければ翌日から猛練習。
長男は、心より勝ち進むことを願っていることでしょう。
思えば長男は、学校の宿泊授業や部活の合宿以外で、家族旅行ではないお泊りに出かけるのは初めてです。
親としては心配ですが、せっかくの機会なので楽しんでもらいたいなと思います。
長男の学年は、中学2年生の長野への宿泊研修も、3年生で行くはずだった九州への修学旅行も、コロナ禍により中止となりました。
2年生の時は長野の代わりに上野と皇居周辺の散策となり、3年生の時は長崎の代わりに夢の島と浅草の散策となりました。
どれも、深川の我が家からは30分以内の場所です。すぐ近所を散策しただけです。
本当にかわいそうな世代です。
今回のように、学校の友人たちと宿泊して交友を深める機会が出来て良かったです。
全国大会まで勝ち抜いてくださった先輩方に感謝です。
何日分もの荷物を、いっぱい抱えて意気揚々と出かけた長男。
1回戦負けで、明日帰って来ないことを願います。
kuwata_takashi at 22:30|Permalink│Comments(0)│
2022年08月20日
インドからオーストラリアから 来たれり
コロナ禍により、海外との行き来が未だにスムーズではありません。
そんな中、3年前にシンガポールの演劇学校「Intercultural Theatre Institute]で能を教えた学生2人が、日本へやってきました。
インド人とオーストラリア人です。
彼らは普段はそれぞれの国で演劇活動をしています。今回は日本で行われる演劇ワークショップに参加するために来日してきました。
いやあ、嬉しいです。
今まで、様々な卒業生たちが日本に来ています。そのたびに何とか時間を作って会いました。
シンガポールで能を教え、その後楽しくビールを飲んだ日々が思い起されます。
まずは、矢来能楽堂の見学です。
彼らは数日前に国立能楽堂で能を観ていますので、能楽堂は初めてではありません。
それではスペシャルな体験ということで、能楽堂での能の稽古です。
まずは「鶴亀」
彼らに一番最初に教えた曲です。3年ぶりの稽古ですが、よく覚えています。
けっこう出来ました。
あと、何か覚えているか聞いたところ、「kyo u no syu ra no ka ta ki wa ta so」と謡います。
「あ、それは屋島だね。よくそんな難しい曲覚えているねえ」よし、稽古だ。
けっこう様になっています。
この集まりには、18年前にシンガポールで能を教えた日本人の卒業生や、シンガポールでお世話になった日本人なども来ていただきました。
この方たちも、東京在住なのでいつでも会えるのですが、こういう機会でもないとなかなか会うことは出来ません。
久しぶりに会い、昔話に花が咲きました。
最後に、「Intercultural Ttheatre Institute」卒業生の日本人も交えて記念撮影です。
良いひと時を過ごしました。
来年、4年ぶりにシンガポールの演劇学校に指導に行くことになっております。
どんな学生が待っているのか、今から楽しみです。
そんな中、3年前にシンガポールの演劇学校「Intercultural Theatre Institute]で能を教えた学生2人が、日本へやってきました。
インド人とオーストラリア人です。
彼らは普段はそれぞれの国で演劇活動をしています。今回は日本で行われる演劇ワークショップに参加するために来日してきました。
いやあ、嬉しいです。
今まで、様々な卒業生たちが日本に来ています。そのたびに何とか時間を作って会いました。
シンガポールで能を教え、その後楽しくビールを飲んだ日々が思い起されます。
まずは、矢来能楽堂の見学です。
彼らは数日前に国立能楽堂で能を観ていますので、能楽堂は初めてではありません。
それではスペシャルな体験ということで、能楽堂での能の稽古です。
まずは「鶴亀」
彼らに一番最初に教えた曲です。3年ぶりの稽古ですが、よく覚えています。
けっこう出来ました。
あと、何か覚えているか聞いたところ、「kyo u no syu ra no ka ta ki wa ta so」と謡います。
「あ、それは屋島だね。よくそんな難しい曲覚えているねえ」よし、稽古だ。
けっこう様になっています。
この集まりには、18年前にシンガポールで能を教えた日本人の卒業生や、シンガポールでお世話になった日本人なども来ていただきました。
この方たちも、東京在住なのでいつでも会えるのですが、こういう機会でもないとなかなか会うことは出来ません。
久しぶりに会い、昔話に花が咲きました。
最後に、「Intercultural Ttheatre Institute」卒業生の日本人も交えて記念撮影です。
良いひと時を過ごしました。
来年、4年ぶりにシンガポールの演劇学校に指導に行くことになっております。
どんな学生が待っているのか、今から楽しみです。
kuwata_takashi at 18:55|Permalink│Comments(0)│
2022年08月16日
親子3人の能奉納
今年は、3年ぶりに「深川八幡祭 能奉納」が行われました。
コロナ禍により、少人数の奉納行事を求められましたので、今年は私と、長男・潤之介(高校1年生)、次男・大志郎(中学3年生)と3人だけで奉納することにしました。
1人が舞い、残り2人が地謡を謡うというこじんまりとした舞台です。
息子2人にとっては、20年12月の観世九皐会「唐船」以来の舞台となりました。
「唐船」まではコンスタントに舞台があったので、日常的にお稽古をしておりました。
しかし最近は舞台がないので、息子たちのお稽古はしておりませんでした。
1年半ぶりのお稽古です。
その間に息子たちは大きくなり、色々難しい年齢になってきました。
もう以前のような、優しく楽しいお稽古という訳にはいきません。
そもそも、今回はお稽古がなかなか出来ませんでした。
7月中は、私は手術後の体調不良により、息子の稽古をする余裕はありませんでした。
夏休みになり、「さあこれから本腰入れて稽古するぞ」と意気込みましたが、息子たちは夏休みも忙しいのです。
部活だの夏期講習などに毎日出かけます。
私も手術前後にひと月近く社中のお稽古を休んだので、その振替えのお稽古で、連日忙しくしております。
なかなか息子たちの稽古時間が取れないので、時間があるときに、みっちり詰め込んで稽古しました。
小学生の頃は、長時間の稽古は出来ません。長くても30分くらいで終えていました。
子供に長い時間稽古しても飽きてしまって結局身につかないので、短時間の稽古をなるべく多くするように心掛けました。
しかし息子たちも16歳と15歳です。もう長時間の稽古にも耐えられるでしょう。
稽古できる回数が限られているので、一回の稽古は長くなります。2時間くらいぶっ通しで稽古した日もありました。
小学生の頃は、いつも2人一緒に稽古しました。
例えば長男が「船弁慶」の子方の稽古をしているときは、次男にも見させます。
すると、自然に覚えてしまうので、次男に「船弁慶」を稽古するときとても楽なのです。
また、子供は舞台の前に何が起こるかわかりません。
例えば、「インフルエンザになりました」なんて事態に陥った時、大人であればすぐに代役を立てられますが、子供の代役を急に探すのは大変です。
そういう事態の時に、すぐに代役が立てられるように必ず兄弟一緒に稽古しておりました。
今回は、なかなかそうはいきませんでした。とにかく、私とどちらかの息子が家にいる時を狙って集中的に稽古します。2人一緒の稽古にはこだわっていられません。
仕舞の稽古も、もう子供のようにはいきません。
ちっちゃい子供の時は、出てきただけで可愛らしいので、何やっても許されます。
でも、もうそういう時期は過ぎました。身体はすっかり大人なので、ある程度きちんと能の舞を舞わなければなりません。
今回は構え(立ち方)と運び(歩き方)もきちんと稽古しました。もう、大人の舞になっていなくてはなりません。
子供の時は結構適当だった舞の型や、足数などもキッチリ指導しました。
子供時分の悪いくせもけっこう残っているので、大人仕立ての舞になるように繰り返し指導しました。
実質一週間くらいの詰め込み稽古でしたが、息子2人はよく頑張ったと思います。
次男「敦盛」
長男「邯鄲」
次男は「敦盛」の「クセ」と「キリ」を続けて舞い、長男は「邯鄲」の「夢之舞」と「楽アト」を続けて舞いました。
仕舞2番分の分量でしたが、頑張って舞っていました。
手こずったのは、私の仕舞「天鼓」の地謡です。
息子2人で地謡を謡わせるのは大変です。
手こずりましたが、何とか止まらずに謡えるようになりました。
時間が充分にとれず、とにかく必死で覚えさせた稽古でした。
当日も、ミスなく終われるかヒヤヒヤし通しでした。
でも、親子3人での奉納が終わった今、しみじみと思いました。
「ああ、良い時間だったなあ」
こんなふうに、親子だけで舞台をつとめるなんて、もう無いかもしれません。
息子2人の地謡で舞うなんて、考えてみればなかなか幸せな時間です。
稽古は大変だったし、当日も慌ただしくてんてこ舞いでした。
でも、終わってみればとても印象に残る「深川八幡祭 能奉納」でした。
コロナ禍により、少人数の奉納行事を求められましたので、今年は私と、長男・潤之介(高校1年生)、次男・大志郎(中学3年生)と3人だけで奉納することにしました。
1人が舞い、残り2人が地謡を謡うというこじんまりとした舞台です。
息子2人にとっては、20年12月の観世九皐会「唐船」以来の舞台となりました。
「唐船」まではコンスタントに舞台があったので、日常的にお稽古をしておりました。
しかし最近は舞台がないので、息子たちのお稽古はしておりませんでした。
1年半ぶりのお稽古です。
その間に息子たちは大きくなり、色々難しい年齢になってきました。
もう以前のような、優しく楽しいお稽古という訳にはいきません。
そもそも、今回はお稽古がなかなか出来ませんでした。
7月中は、私は手術後の体調不良により、息子の稽古をする余裕はありませんでした。
夏休みになり、「さあこれから本腰入れて稽古するぞ」と意気込みましたが、息子たちは夏休みも忙しいのです。
部活だの夏期講習などに毎日出かけます。
私も手術前後にひと月近く社中のお稽古を休んだので、その振替えのお稽古で、連日忙しくしております。
なかなか息子たちの稽古時間が取れないので、時間があるときに、みっちり詰め込んで稽古しました。
小学生の頃は、長時間の稽古は出来ません。長くても30分くらいで終えていました。
子供に長い時間稽古しても飽きてしまって結局身につかないので、短時間の稽古をなるべく多くするように心掛けました。
しかし息子たちも16歳と15歳です。もう長時間の稽古にも耐えられるでしょう。
稽古できる回数が限られているので、一回の稽古は長くなります。2時間くらいぶっ通しで稽古した日もありました。
小学生の頃は、いつも2人一緒に稽古しました。
例えば長男が「船弁慶」の子方の稽古をしているときは、次男にも見させます。
すると、自然に覚えてしまうので、次男に「船弁慶」を稽古するときとても楽なのです。
また、子供は舞台の前に何が起こるかわかりません。
例えば、「インフルエンザになりました」なんて事態に陥った時、大人であればすぐに代役を立てられますが、子供の代役を急に探すのは大変です。
そういう事態の時に、すぐに代役が立てられるように必ず兄弟一緒に稽古しておりました。
今回は、なかなかそうはいきませんでした。とにかく、私とどちらかの息子が家にいる時を狙って集中的に稽古します。2人一緒の稽古にはこだわっていられません。
仕舞の稽古も、もう子供のようにはいきません。
ちっちゃい子供の時は、出てきただけで可愛らしいので、何やっても許されます。
でも、もうそういう時期は過ぎました。身体はすっかり大人なので、ある程度きちんと能の舞を舞わなければなりません。
今回は構え(立ち方)と運び(歩き方)もきちんと稽古しました。もう、大人の舞になっていなくてはなりません。
子供の時は結構適当だった舞の型や、足数などもキッチリ指導しました。
子供時分の悪いくせもけっこう残っているので、大人仕立ての舞になるように繰り返し指導しました。
実質一週間くらいの詰め込み稽古でしたが、息子2人はよく頑張ったと思います。
次男「敦盛」
長男「邯鄲」
次男は「敦盛」の「クセ」と「キリ」を続けて舞い、長男は「邯鄲」の「夢之舞」と「楽アト」を続けて舞いました。
仕舞2番分の分量でしたが、頑張って舞っていました。
手こずったのは、私の仕舞「天鼓」の地謡です。
息子2人で地謡を謡わせるのは大変です。
手こずりましたが、何とか止まらずに謡えるようになりました。
時間が充分にとれず、とにかく必死で覚えさせた稽古でした。
当日も、ミスなく終われるかヒヤヒヤし通しでした。
でも、親子3人での奉納が終わった今、しみじみと思いました。
「ああ、良い時間だったなあ」
こんなふうに、親子だけで舞台をつとめるなんて、もう無いかもしれません。
息子2人の地謡で舞うなんて、考えてみればなかなか幸せな時間です。
稽古は大変だったし、当日も慌ただしくてんてこ舞いでした。
でも、終わってみればとても印象に残る「深川八幡祭 能奉納」でした。
kuwata_takashi at 22:00|Permalink│Comments(0)│
2022年08月15日
御礼「深川八幡祭 能奉納」
3年ぶりの「深川八幡祭 能奉納」、大盛況のうちに終わりました。
今年は新型コロナウィルスの第7波の感染拡大により、あまり多くのお客様を集められないので、宣伝もほとんどしませんでした。
「今年は、お客様は少ないだろうなあ。まあ、氏神様への奉納のためにやっているので、お客さん少なくてもしっかりやろう」
子供にもそう言い聞かせて、奉納に臨みました。
その予想は外れ、今年もいっぱいのお客様にご来場いただきました。境内には立ち見のお客様であふれていました。
今年は、お弟子さんの発表は見送り、また玄人の能楽師のお手伝いもお願いしませんでした。
出演は、私と長男・潤之介(高校1年生)と次男・大志郎(中学3年生)の3人です。
1人が舞って、残り2人が謡うというこじんまりとした奉納となりました。
でも、そんな奉納もよいものですね。
家族だけで、ほんわかしたムードで奉納させていただきました。
私は、「天鼓」の仕舞を舞いましたが、息子2人に地謡をしてもらいました。
まだ子供の息子たちに、地謡を謡わせるのは大変でした。
懸命に稽古して、なんとか仕上げました。
稽古の最中や当日の舞台では、とにかく必死で何も考えられませんでした。
でも、終わってからこうして振り返ると、親子3人で奉納舞台をつとめられたなんて、感慨深いものがあります。
夏の良い思い出になりました。
kuwata_takashi at 22:30|Permalink│Comments(0)│