2016年03月
2016年03月27日
「鉢木」前哨戦
先日、若竹会という九皐会の若手の稽古能で、能「鉢木」をいたしました。
5月21日に自主公演「桑田貴志 能まつり」で演じる能です。
「鉢木」は、観世流では九番習にあげられる難しい能です。
謡の分量は、現行曲の中で1,2を争うでしょう。
とにかく、謡っても謡っても尽きません。
しかも、その膨大な謡のほとんどは、コトバと謂われる普通の演劇ではセリフに該当する謡です。
能には、節のある謡と節の無い謡があります。
節のある謡は、ある程度音曲的に謡えます。
節の無い謡、すなわちコトバは、場面や役柄に合わせて演劇的に感情を謡っていかなければなりません。
コトバが多い能ほど、演劇的に演じなければなりません。
苦労しました。
この日記が全然書けなかったのは、「鉢木」の稽古と役作りに苦しんでいたからです。
しかし、今回の若竹会でははなはだ不出来でした。
師匠からは強く怒られ、兄弟子たちからは散々なダメ出しをうけました。
さすがにへこみました。
「鉢木」
大変な能です。これから二か月、さらに稽古に励んでいきたいと思います。
5月21日に自主公演「桑田貴志 能まつり」で演じる能です。
「鉢木」は、観世流では九番習にあげられる難しい能です。
謡の分量は、現行曲の中で1,2を争うでしょう。
とにかく、謡っても謡っても尽きません。
しかも、その膨大な謡のほとんどは、コトバと謂われる普通の演劇ではセリフに該当する謡です。
能には、節のある謡と節の無い謡があります。
節のある謡は、ある程度音曲的に謡えます。
節の無い謡、すなわちコトバは、場面や役柄に合わせて演劇的に感情を謡っていかなければなりません。
コトバが多い能ほど、演劇的に演じなければなりません。
苦労しました。
この日記が全然書けなかったのは、「鉢木」の稽古と役作りに苦しんでいたからです。
しかし、今回の若竹会でははなはだ不出来でした。
師匠からは強く怒られ、兄弟子たちからは散々なダメ出しをうけました。
さすがにへこみました。
「鉢木」
大変な能です。これから二か月、さらに稽古に励んでいきたいと思います。
2016年03月26日
次男、大活躍
先日の九皐会「海士」から更新が止まっています。
非常に忙しい日々を送っていました。
「海士」では体調不良のため、ご迷惑をかけた次男・大志郎ですが、その後大活躍でした。
もともと、何よりも能が大好きな次男です。
家でもヒマさえあれば、自分で作った能面や薙刀や鞨鼓を使って兄弟で能ごっこをしています。
「海士」で失敗したから、能がイヤになったら困るなと思いましたが、杞憂でした。
その日の夜には、「ああ、楽しかった。次のお稽古はいつ?」と聞いてきました。
2月から3月にかけて次男は多く出番があります。
まず、2月28日の若竹能では遠藤喜久師の「邯鄲」の子方を勤めました。
「邯鄲」は、舞台にいる時間こそ短いですが、けっこう本格的な舞を舞わなければなりません。
大変かと思ったのですが、子供にとってはじっとしていることの方がよっぽどつらいようです。
生き生きと舞っていました。
次男は、「邯鄲」が大好きで、日ごろからよく長男と「邯鄲」ごっこをして遊んでいますので、シミュレーションはバッチリだったようです。
3月17日には、学生能で佐久間二郎師の「船弁慶」の子方を勤めました。
「海士」「邯鄲」「船弁慶」と、ほぼひと月で3回目の子方です。
覚えるのが大変かなあと思っていました。
3つ同時に稽古するのは大変なので、「船弁慶」は「海士」が終わってからお稽古に入りました。
ひと月しかないので、こんを詰めてお稽古しなきゃあと思っていました。
ところが、お稽古初めてビックリです。
最初から、ほとんど出来上がっています。
長男はこれまで「船弁慶」の子方を4回勤めています。
そのお稽古を、次男はずっと見ていました。
どうやら、それで謡も所作も全て覚えてしまったようです。
まさに。「門前の小僧、習わぬ経を読み」です。
「船弁慶」も大好きな能です。
よく、兄弟でお互いにシテやワキやアイ、子方など役を変えながら家で「船弁慶ごっこ」をしています。
そんな次男にとって舞台は、まさに遊びの延長のようです。
舞台に出るのが嬉しくてたまらないようです。
「船弁慶」の子方も、首尾よく出来ました。
次男は、今後しばらく子方の予定がないので、先週から中之舞を稽古し始めました。
去年、長男が素人会で舞囃子「猩々」を演じたので、おなじみだったようです。
これも、ほとんど見て覚えています。
恐るべし、子供の記憶力。
非常に忙しい日々を送っていました。
「海士」では体調不良のため、ご迷惑をかけた次男・大志郎ですが、その後大活躍でした。
もともと、何よりも能が大好きな次男です。
家でもヒマさえあれば、自分で作った能面や薙刀や鞨鼓を使って兄弟で能ごっこをしています。
「海士」で失敗したから、能がイヤになったら困るなと思いましたが、杞憂でした。
その日の夜には、「ああ、楽しかった。次のお稽古はいつ?」と聞いてきました。
2月から3月にかけて次男は多く出番があります。
まず、2月28日の若竹能では遠藤喜久師の「邯鄲」の子方を勤めました。
「邯鄲」は、舞台にいる時間こそ短いですが、けっこう本格的な舞を舞わなければなりません。
大変かと思ったのですが、子供にとってはじっとしていることの方がよっぽどつらいようです。
生き生きと舞っていました。
次男は、「邯鄲」が大好きで、日ごろからよく長男と「邯鄲」ごっこをして遊んでいますので、シミュレーションはバッチリだったようです。
3月17日には、学生能で佐久間二郎師の「船弁慶」の子方を勤めました。
「海士」「邯鄲」「船弁慶」と、ほぼひと月で3回目の子方です。
覚えるのが大変かなあと思っていました。
3つ同時に稽古するのは大変なので、「船弁慶」は「海士」が終わってからお稽古に入りました。
ひと月しかないので、こんを詰めてお稽古しなきゃあと思っていました。
ところが、お稽古初めてビックリです。
最初から、ほとんど出来上がっています。
長男はこれまで「船弁慶」の子方を4回勤めています。
そのお稽古を、次男はずっと見ていました。
どうやら、それで謡も所作も全て覚えてしまったようです。
まさに。「門前の小僧、習わぬ経を読み」です。
「船弁慶」も大好きな能です。
よく、兄弟でお互いにシテやワキやアイ、子方など役を変えながら家で「船弁慶ごっこ」をしています。
そんな次男にとって舞台は、まさに遊びの延長のようです。
舞台に出るのが嬉しくてたまらないようです。
「船弁慶」の子方も、首尾よく出来ました。
次男は、今後しばらく子方の予定がないので、先週から中之舞を稽古し始めました。
去年、長男が素人会で舞囃子「猩々」を演じたので、おなじみだったようです。
これも、ほとんど見て覚えています。
恐るべし、子供の記憶力。