2025年01月09日

深川江戸資料館「新春能楽初め」

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毎年恒例の、深川江戸資料館での「新春能楽初め」です。

ミシュランで1つ星を獲得した深川江戸資料館の中の展示スペース内の、火の見櫓の前の特設舞台にて、新年にちなんだ謡と仕舞の紹介をいたします。

去年は、大河ドラマ「光る君へ」の影響で平安時代がブームでした。
今年の大河ドラマ「べらぼう」は江戸時代の江戸の街が舞台です。江戸時代ブームが来るかもしれません。

深川江戸資料館は、文字通り江戸時代の深川の街並みを再現した展示が圧巻です。
その展示の真ん中で能の謡と仕舞をご覧いただきます。

江戸時代にタイムスリップしたかのような、優雅な気分が味わえることと思います。

入館料(大人400円)のみで、ご覧いただけます。

ぜひお運びください。



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2025年01月07日

お稽古初め

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今日は、2025年のお稽古初めでした。
毎年、年始のお稽古は新鮮な気持ちになり、良いものですね。

自宅稽古舞台「深川能舞台」の玄関にも、ささやかな正月飾りを飾りました。

さあ、今年もがんばるぞ。


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2025年01月01日

謹賀新年 2025年

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

我が家の居間も、ささやかな正月飾りです。

今年も忙しい年になりそうです。

今月下旬から3月半ばまで、恒例のシンガポールの演劇学校に能の指導に出かけます。
またまた、真冬の東京と真夏のシンガポールの二重生活になります。

6月には、二度目の「道成寺」に挑戦します。
目下、「道成寺」に向けて心と身体を鍛えています。最高の舞台にしたいと思います。

今年は、今のところ以下の能を演じる予定です。

5月11日  「蝉丸」   九皐会
6月29日  「道成寺 赤頭」 能まつり
8月中旬  「深川八幡祭 能奉納」
9月14日  「阿漕」   九皐会
12月6日  「楊貴妃」  緑泉会

今年も一番一番を大切に演じたいと思います。


今年の元日は、恒例の深川七福神巡りを行いました。
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去年に正月は、香港に行っていたので、2年ぶりの七福神巡りです。

コロナ禍では、皆ひそやかにお参りしていましたが、今年はにぎやかです。
各所に、豚汁やチョコバナナなどの屋台が目立ち、ここ数年で一番にぎわっています。

今年も良い年となるように、懸命に頑張ります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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2024年12月31日

御礼 2024年

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様々なことがあった2024年も、無事に暮れようとしています。
今年も多くの方にお世話になりました。

1月には、香港の演劇スタジオ「流白之間」のお招きで「風姿花伝 能劇大師班」というワークショップを2週間行いました。

能の指導に赴くのは、シンガポールに続いて2国目です。
香港でも様々な出会いがあり、充実した2週間を過ごしました。

コロナ禍は、完全に収まったとは言い難いですが、ほぼコロナ以前の生活に戻ったように感じます。

今年も様々な能を演じました。

2月13日  「敦盛」  文化庁学校巡回公演
2月25日  「大江山」 九皐会若竹能
6月30日  「融 舞返之伝」 能まつり
10月1日  「敦盛」  文化庁学校巡回公演
10月13日  「三輪」 九皐会
12月14日  「源氏供養」 緑泉会

6番もの能を演じる機会をいただきました。
これで私が演じた能は157番です。
ずっと付けておりますが、何年か前からこの日記で番数をカウントしています。
順調に番数カウンターが増えていくことは有難く思います。

また11月4日には、「茉莉会20周年記念大会」を開催しました。
20周年を記念して、能「小袖曾我」を息子2人にさせました。

リアル兄弟で曾我兄弟を演じました。
私は、曾我兄弟の母役です。こちらもリアル親子。

今まで多くの能を演じましたが、この「小袖曾我」は思い出に残る能でした。

来年もよろしくお願いいたします。



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2024年12月14日

「源氏供養」御礼

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緑泉会「源氏供養」、首尾よく出来ました。

今年は大河ドラマ「光る君へ」の影響で源氏物語ブームの年でした。
その一年を締めくくりとして、能「源氏供養」に挑みました。

源氏物語をもとにした現行曲は、「半蔀」「夕顔」「葵上」「野宮」「須磨源氏」「住吉詣」「玉鬘」「落葉」(金剛流のみ)「浮舟」「源氏供養」と10番あります。

「源氏供養」以外の9番は、源氏物語の登場人物がシテとして登場しますが、この「源氏供養」のシテは、作者の紫式部です。



紫式部が現れて、登場人物の光源氏の供養をお願いする、けっこうすごい内容の能です。

本来の「源氏供養」は、狂言綺語(嘘いつわりの物語を書いて大衆を惑わせる)を行ったがゆえに成仏できない紫式部を供養する法要なのです。
しかし、能では光源氏を供養することで紫式部を成仏させる内容になっています。

源氏物語の作者が現れて、源氏物語の内容を語る能です。
好きな能なのでいずれ演じたいと思っていましたが、今年は絶好のタイミングと思い、今回満を持して緑泉会にて舞う機会をいただきました。

お客様から、石山寺のお札をいただきました。
きれいなお札だったので楽屋に飾りました。
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一年間、大河ドラマ「光る君へ」を楽しんできました。
紫式部のイメージは、どうしてもドラマで演じた吉高由里子さんのイメージが強くなります。

なんとなく吉高さんのイメージで紫式部を演じてみました。

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前場は、白っぽい唐織を着ました。
清廉潔白なイメージの紫式部となります。

前場が終わった後、普通の能は中入で間狂言が始まります。
間狂言の間に後場の装束に替えるのですが、この能は間狂言がありません。

ワキがワキツレと短い掛け合いの後、待謡となってすぐ後シテの登場です。
その間は、5分もありません。

楽屋ではしっちゃかめっちゃか大忙しで装束を替えて、慌ただしく後場の舞台へ出ていかなければなりません。
楽屋は忙しくて大変なのですが、お客様からしてみれば間狂言の無いスピーディーな展開は良いものでしょう。
全体の流れがコンパクトになるように思います。

後場の装束は、紫式部をイメージして紫地に源氏香の図柄をあしらった長絹を羽織りました。
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兄弟子が所有している長絹を、拝借しました。
以前より、「源氏供養」にはこの長絹を着たいなあと温めていた装束です。

後場は、仕方の多い能です。
まず、ワキに巻物を授けて弔いを促し
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その後、長大なクセの舞となります。
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能「源氏供養」のメインは、このクセの舞です。
源氏物語の巻名が次から次へとと出てくるクセの詞章は、聞いていて楽しいものです。

空蝉の。空しきこの世を厭いては。夕顔の。露の命を感じ。若紫の雲の迎へ末摘花の臺に座せば。紅葉の賀の秋の」

こんな具合に詞章が続きます。下線の言葉が源氏物語の巻名です。
源氏物語ファンにはたまらない舞です。

このクセの舞は、節付けや拍の当たりも難しく、また舞いにくさも随一です。
型が多く、また謡と動きの兼ね合いが難しい舞です。

あるところは、謡に対して型が少なく、謡が余って間が持ちません。
そうかと思うと、次の段落は謡に対して型が多くてとても忙しい。

それを、うまく平準化して違和感なく舞を構成しなければなりません。
事前に舞い込んで、スムーズに舞えるよう心掛けました。


自分でも、舞っていて楽しい能でした。
こんな絶好のタイミングで、「源氏供養」を演じることが出来たことを嬉しく思います。

写真 駒井壮介
無断転載厳禁



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2024年12月04日

緑泉会「源氏供養」

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今年は大河ドラマ「光る君へ」の影響で、紫式部と源氏物語がブームとなっています。様々なところで関連した講座や書物を目にします。世界最古の長編小説である源氏物語と、その作者の紫式部は、日本はもとより世界的にも有名です。

 

能「源氏供養」のシテはその紫式部です。紫式部自らが源氏物語を語り、登場人物の光源氏の弔いをするという面白い趣向の能です。

 

 紫式部は、うそ偽りの物語で人々を惑わせた罪(狂言綺語)によって死後成仏できずに苦しんでいるという言い伝えが平安時代末期からありました。その紫式部を救うために行われた法要が源氏供養であり、そこで読まれたのが、「源氏物語表白」という法要文です。この法要文は、源氏物語の54の巻名を全て織り込んで、仏の教えを巧みに説いています。

 

能「源氏供養」は、その法要を能の形にしたものです。特にクセという段落では、「源氏物語表白」をそのまま取り入れた美しい詞章と巧みな節付けの謡にのせて、紫式部が華麗に舞を舞います。

「空蝉」「夕顔」「若紫」「末摘花」「花散里」「明石」「玉鬘」「浮舟」など、源氏物語に出て来る数々のヒロインたちの名前が次々登場するクセの詞章は、源氏物語の総集編を見ているかの如く、優雅な気分に浸ることが出来ます。

 

紫式部は、小説を書き和歌を詠み漢学の才もあり、また琵琶も嗜んだと言われています。ただでさえ世界的に有名な才媛なのですが、能はさらに舞の名手という設定を加えています。

 

平安時代の宮中絵巻の雰囲気に浸りながら、紫式部の優雅な舞をじっくり楽しむのがこの能の見どころです。

 源氏物語と平安文化が話題となった今年の締めくくりに、華やいだ気分で「源氏供養」を演じたいと思います。




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2024年11月04日

「茉莉会20周年記念大会」御礼

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私の社中の発表会「茉莉会」が、この度めでたく20周年を迎えました。

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記念大会を、矢来能楽堂という栄えある舞台で観世喜之先生・観世喜正先生はじめ九皐会一門の方々、また日頃お世話になっているお三役の皆様の御助演をいただき、華々しく開催できました。

私がお弟子様のお稽古を始めた頃(2000年前後)から続けていらっしゃるベテランから、お稽古始めて2か月ほどの初々しい方まで、多くの社中の皆様の精一杯の舞台でした。

お客様もたくさんお運びいただきました。
特に能「小袖曾我」の前後はほぼ満席のお客様で見所(観客席)が埋め尽くされ、賑わいの中開催できました。

素謡では、重習「求塚」に挑戦した土屋能江様や、初めての習い物・準九番習の「弱法師」に挑んだ野倉幸男様をはじめ、「野宮」「源氏供養」「融」「富士太鼓」など熱演が続きました。

舞囃子は、「西王母」「敦盛」「融」「猩々」「須磨源氏」「山姥」と、盛りだくさん。
特に「西王母」「敦盛」「猩々」を演じた方は初めての舞囃子に挑戦でした。
フレッシュで溌溂とした舞台でした。

他に連吟や仕舞など、一生懸命の発表が続きます。
私は舞台上で、時にハラハラ、時にシミジミしながらでした。


また、20周年を記念して長男・潤之介(高3)と次男・大志郎(高2)に能「小袖曾我」をさせました。

本格的な能を演じるのは二人とも初めてです。
稽古に入ったのは、夏前位から。3~4か月くらいしかお稽古が出来ませんでした。

なにせ、高校生はけっこう忙しいのです。
私もあんまり家に居ないので、なかなか稽古が出来ません。
平日は、息子たちは学校行っていますし、夜は私がお弟子さんの稽古をしています。
土日は、私は舞台があって息子たちは部活動。
三人一緒に家に居るタイミングを見つけては、少しずつ稽古しました。

10月になっても、別の高校に通う兄弟がそれぞれ、文化祭や体育祭や中間試験などあって、全然時間が取れません。

忙しい合間をぬって、よく稽古したなあと我ながら思います。
10月半ばには何とか形になってきて一安心。
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史実では、仇討ちを果たした時は数え年で、兄・曽我十郎は22歳、弟・曽我五郎は20歳だったそうです。数え年では19歳と18歳の息子たちは、曽我兄弟とほぼ同じ年齢です。

実の兄弟で曾我兄弟を演じるのでしたら、兄弟の母の役(ツレ)は実の親子の私が演じるしかありません。

リアル兄弟とリアル親子による能「小袖曾我」

私の能楽師人生の中でも思い出に残る舞台となりました。
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仇討ちの前に、母子と兄弟で盃を交わします。能面の中でちょっとジーンときました。

二人の息子に恵まれてから、この親子三人の能「小袖曾我」を、「いつかやりたい」と夢見てきました。
その夢が叶い、感無量でした。

思い起こせば、初めて社中会「茉莉会」を開催した2005年は、長男は家内のお腹の中でした。
大きなお腹で家内が楽屋を走り回っていたものでした。
二回目の「茉莉会」の時は、次男は家内のお腹にいて、長男は家内の背中に背負われていました。
その長男が18歳、次男が17歳となり能を演じているのですから、胸が熱くなります。

それ以来20周年(20回目)です。時の移り変わりの重さを感じます。


朝10時に開演し、終演は18時45分ころ。
最後は、私の番外仕舞「天鼓」ですが、その地謡は、息子二人に謡わせました。


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最後、親子三人で附祝言「高砂」にて大団円。

写真 駒井壮介
無断転載はお断りいたします。


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2024年11月02日

茉莉会 20周年記念大会

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11月4日に、私の社中会「茉莉会20周年記念大会」が、矢来能楽堂にて華々しく開催いたします。

師匠である観世喜之師・観世喜正師をはじめ観世九皐会の方々、お三役の方々のお力添えをいただきます。

重習「求塚」準九番習「弱法師」の素謡や、舞囃子「西王母」「敦盛」「融」「猩々」「須磨源氏」「山姥」など、盛り沢山の内容です。

また今回は、20周年を記念して長男・潤之介(高3)と次男・大志郎(高2)に能「小袖曾我」をさせます。
リアル兄弟で曾我兄弟を演じてもらいます。
曾我兄弟の母役は、父親の私が演じます。

久しぶりの親子3人の共演となります。

この日まで、長い人は1年以上の稽古を積んできました。
社中一同、稽古の成果が発揮できるよう、精一杯つとめます。

入場無料です。

何とぞよろしくお願いいたします。


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2024年10月13日

「三輪」御礼

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九皐会「三輪」、無事に終了いたしました。

シテが神楽という舞を舞う能は三番あります。
「三輪」「龍田」「巻絹」です。(「葛城」も「大和舞」という小書が付くと神楽の替えの舞を舞う)

その中で、「三輪」は特別な扱いです。
神楽を舞う能の中では、一番難しい能です。

小書も多く、中でも観世宗家のみ演じることが出来る「誓納(せいのう)」や、誓納に代わるものとして片山家が作った「白式神神楽」などは、特別な習いとして別格に扱われます。

能「三輪」は、以前稽古能で演じたことはあります。
また、「深川八幡祭 能奉納」で後場のみ演じたこともあります。
厄年の年回りに「三輪」を演じると良いと聞いていたので、42歳の時に富岡八幡宮の境内というこの上ない場所で「三輪」を演じました。

お客様の前で一番全て演じるのは、今回が初めてです。
ただ、稽古能や後場だけでも演じたことのある能は、初演のものより心に余裕があります。
今回は、落ち着いて演じられたように思います。


前場は、訳ありげな里の女。
謎めいた感じで演じてみました。
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能面は、白曲見(しろしゃくみ)
白っぽい顔立ちで、ミステリアスな雰囲気の顔立ちです。

中入は、舞台上の作り物の中で装束を替えます。
普通の能では、楽屋で行います。
楽屋で前場の装束を脱ぐと、ほんのひと時ですがホッとします。
広い空間でゆったり装束を替えるので、気持ちが切り替えられます。

「三輪」は、半間(90㎝)四方の狭い空間で無言での着替えです。
もっとも、実際に装束を着けるのは後見の仕事ですので、私は積極的には動きません。
ただ、狭い空間なのでなるべく後見が仕事をしやすいように体を動かしたり装束を自分で抑えたりと、気が休まりません。

何より、能舞台のピンっと張り詰めた空気感をもろに身体に感じます。

舞台上で装束を替える能は、疲労感が半端ないです。

後は、三輪明神。
神様の凛とした舞です。

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神楽を舞った後、「天の岩戸隠れ」の神話を見せます。

これは、三輪と伊勢の神は同一体という言い伝えに応じた演出です。
去年能「絵馬」にて、伊勢の神様、つまり天照大神(あまてらすおおみかみ)を演じているのも奇遇な縁です。

三輪明神の中に、日本総氏神の天照大神を重ねて舞いました。
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装束は、普通は紫の長絹(ちょうけん)という上着を羽織るのですが、今回は白の長絹を選びました。
神々しい感じになりました。
長絹が白だったので、烏帽子は金色の風折烏帽子を選びました。

本来は黒の風折烏帽子なのですが、師匠に特別にお許しをいただいて、本来は小書(特殊演出)の出で立ちである、白の長絹と金風折烏帽子を着けさせていただきました。

まさに御神体という恰好です。
気持ちよく舞うことが出来ました。

写真 駒井壮介
無断転載を禁止いたします。


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2024年10月11日

九皐会「三輪」

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10月13日(日)に、観世九皐会定例会にて能「三輪」を演じます。

今日、申合も無事に終わりました。
今日演じてみた感触は、まずまずでした。

やはりいくつか問題点が現れましたので、本番までの2日間でうまく修正したいと思います。

ここのところ急に寒くなったせいか、喉の調子が良くないのですが、今日は割に声が出ていました。
とにかく、体調管理が一番大事なことです。



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2024年08月12日

深川八幡祭 子供神輿連合

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今年の深川八幡祭は、子供神輿連合渡御です。

東京駅から皇居へ続く、天下の永代通りを封鎖しての子供神輿連合渡御です。
集まってきた神輿は、48町会から52基。
「わっしょい わっしょい」の可愛らしい掛け声をかけながら、威勢よく神輿が練り歩きます。

深川の神輿文化を次代につなげるこの子供神輿連合渡御も、コロナ禍により、5年ぶりの開催。
6年間の小学校を考えると、ギリギリ」のタイミングでした。
5年前、1年生で参加した子がギリギリ6年生となって、下級生たちのサポートに回っている姿はほほえましかったです。

うちの子供たちは、高校3年生と2年生。完全に裏方です。
大人たちに交じって、さまざまなお手伝いをしていました。

その姿を見ると、頼もしく思います。
幼少の頃、水がかかって大泣きしていた姿を思い出します。

私が住んでいる町会では、地元の中学生が作成した仮装神輿も担ぎました。

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小さな子供は、「豆しば」神輿に大喜び。

大人でも子供でもない中学生が、神輿作成という形でお祭りに参加しているのがすごいなあと思います。

深川八幡祭も佳境です。
明後日は、いよいよ「深川八幡祭 能奉納」です。

準備に余念がありません。


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2024年08月10日

深川八幡祭 能奉納「小袖曾我」

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今年も、「深川八幡祭 能奉納」致します。

今年の深川八幡祭は、子供祭りです。
東京駅から皇居へ連なる大動脈・永代通りを封鎖して深川48町会から52基の子供神輿(仮装神輿含む)が集まって渡御します。

子供祭りにあやかり、今年は息子たちに能をさせます。

曾我兄弟を扱った能「小袖曾我」を、リアル兄弟で演じます。
18歳の長男・潤之介と17歳の次男・大志郎は、張り切っています。

私は、仕舞「船弁慶」で暴れまわろうと思います。

他にも、桑田貴志社中の仕舞・連吟等盛りだくさんの内容です。

神社の奉納行事ですので、入場無料です。
お祭り見物がてら、是非お運びください。




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2024年06月30日

「融」御礼

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第14回「桑田貴志 能まつり」、大盛況でした。
客席は、ほぼ満員。暑い中、多くのお客様がお運びくださいました。
この場を借りて御礼申し上げます。


今回演じたのは、「融」です。「舞返之伝」という特別な小書に挑戦しました。

「舞返之伝」とは、舞を返す、即ち舞を2度舞います。しかも「早舞クツロギ」「急之舞」という難易度の高い舞を立て続けに舞います。
技量はもちろん体力と気力も、求められます。


最近、私は膝を痛めておりまして、当日は正座もままならない状態でした。

膝は、能を舞う時のキモです。痛いなんて言っていられません。痛いの痒いのなどと弱音を吐かず、気合を入れて臨みました。そうは言っても気合だけでは心もとないので、痛み止めの薬も飲みました。

上演中はアドレナリンが出ていますので、膝の痛みなど忘れています。
思う存分動き回ることが出来ました。
膝は大事にせねばなりません。もっと、体重を落とさねば、、、


さて、前シテは汐汲みの老人です。
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田子という汐汲みの桶を担いで登場です。
光源氏のモデルとも謂われるイケメン貴公子・源融ですので、老人とはいえ明るい色目の装束を選びました。

前シテは、とにかく謡が多い。次から次へと謡います。
ワキとの掛け合いも多いのですが、これが厄介です。
ワキの殿田謙吉師は下掛り宝生流のワキ方なので、観世流と謡が違います。
「融」は殊に違っているので、つい紛れてしまいます。惑わないよう気をつけました。

前場の見せ場は、田子で汐を汲む場面です。色んな汲み方がありますが、今回は舞台の外の白洲の水を汲むというケレン味たっぷりの型でいたしました。

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能面を着けていると足元が見えないので、舞台の端へ行くのは怖いものです。
すり足で舞台の前へ進みます。足元が見えない中、頼りとなるのは足の裏の感覚だけです。進んでいくうちに、足の裏で舞台のヘリが感じられました。手探りならぬ足探りでの前進です。

この辺が舞台の端だと察したら、えいやと深くかがんで桶にて水を汲みました。
なかなか上手くいきました。
こういう風に遊び心を持った型も、能には多くあります。

後場は、楽しんで舞えました。

後の源融の装束は、直衣という能装束の中でも格の高い装束を着けました。
通常は狩衣という装束を着ますが、直衣を着るとグンと位が上がります。
能では、天皇かそれに準ずる位の役が着けます。めったにお目にかかれません。

源融は、左大臣という最高位の大臣であり、何より嵯峨天皇の皇子という皇室の血筋を引いている貴公子です。直衣にふさわしいと思い、今回は着させていただきました。

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上着の直衣が気品のある白色なので、他の装束は朱色で統一しました。
下の大口袴と中に切る厚板から、腰に巻く帯(腰帯)や袖口のツユまで朱色です。

また、左大臣という偉い役職の人なので、自ら太刀を着けて戦ったりはしないのでしょうが、格好が良いので真の太刀という綺麗な太刀をはきました。

なかなか華やかな出で立ちの後シテ・源融でした。


「早舞クツロギ」は、囃子との兼ね合いが難しい舞です。
特に今回は、笛方の一噌隆之師が「句マタギ・吹きソラシ」という難しい替えの演奏をしてくださいました。

この替えの演奏は、聞く方は華やかで良いのですが、舞う方は聞きなれない笛の譜なので混乱します。
細心の注意を払いながらの舞でした。

「急之舞」は、文字通り急速の舞です。フルスロットルで動かなければなりません。
そうは言っても、ドタバタと舞うのでは台無しです。

左大臣・源融らしく気品を持って舞うよう心掛けました。24.06.30 能まつり (174)

体力的には辛かったのかもしれませんが、気力が充実していました。
イメージ通りの舞ができたように思います。


舞の前に、扇を投げるという珍しい型があります。

笛の前辺りから、角に向かって軽やかに扇を投げるのですが、常座の方へ転がっていきました。
一瞬、扇を見失って焦りました。
舞台に落ちる音がしたから、どこかにあると思われます。

この場合、最悪なのは舞台の外に落ちること。(もちろん、落ちた時のために替えの扇も用意してあります)
その最悪の事態は避けられたっぽいのですが、能面していて視界が狭いので、扇がどこにあるのかわかりません。
キョロキョロする訳にいかないので、落ち着いてゆっくり舞台を見回し、何事もなかったように扇を拾いました。

お客様から、「あれは扇を落としたのですか?」と聞かれました。
あれはそういう型です。決して失敗したわけではありません。念のため。

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大河ドラマ「光る君へ」の影響で、昨今平安貴族がブームになっております。

平安貴族の優雅な舞に思いを馳せながらの、楽しい舞台でした。

写真撮影 駒井壮介
無断転載厳禁


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2024年06月29日

明日、能まつり「融」です

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いよいよ明日、「融」です。
チケットもコロナ以後では、売れ行き好調です。
まだ、若干チケットございます。当日券販売いたしますので、お運びいただければ幸いです。

申合も終わり、今日は明日に備えて、自宅舞台で最終チェック。

明日の用意も、ひと通り終わり、ホッとしたところです。

明日は良い舞台にしたいと思います。

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お客様に、いつも当日の能にちなんだお菓子を送ってくださる方がいます。
今回は、塩釜の浦の藻塩を焼くところにちなんで、「塩釜の藻塩」の「焼ショコラ」

毎回、趣向を凝らしたお菓子です。


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2024年05月27日

深川能舞台チャンネル 「融」見どころ紹介

一年ぶりに、深川能舞台チャンネルの更新です。

6月30日に開催する主催公演「桑田貴志 能まつり」で演じる「融 舞返之伝」の見どころを紹介しています。

一年ぶりの動画編集に、相変わらず四苦八苦。
少しは慣れてきました。

能「融」の見どころを20分くらいの動画でまとめておりますので、6月30日に鑑賞する方はご覧いただければ幸いです。




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2024年05月25日

桑田貴志 能まつり「融」

融チラシ
融チラシ 裏面


自身の芸の研鑚のため立ち上げた「桑田貴志 能まつり」
14回公演は、能「融」に挑戦します。


この能は、美しく風流な平安貴族・源
822895年)を描いた能です。源融は、嵯峨さが天皇の皇子として生まれたのち、臣籍に下って源姓を賜り左大臣まで出世します。和歌や音楽に才能を発揮し、多くの女性と浮名を流したイケメン貴公子です。
そう紹介すると、「源氏物語」の光源氏のイメージと重なります。実際に、源融は光源氏のモデルの一人と謂われています。


百人一首の「みちのくの しのぶもぢずり誰ゆえに 乱れそめにし われならなくに」の作者・河原左大臣は、源融のことです。
陸奥按察使(むつあぜち)として東北地方に滞在していた時の経験をもとに詠んだ、恋の歌と謂われています。

 


源融は、自宅の六条河原の院に陸奥の景勝地・塩釜(今で言う日本三景・松島)の景色を模した大庭園を造り、在原行平・業平などの貴族の友人たちを招いて、毎夜酒を酌み交わして和歌や管弦・遊舞を楽しんだそうです。

 
光源氏が
「少女」の巻で建てる大邸宅・六条の院は、この河原の院がモデルと謂われ、また「夕顔」の巻で夕顔上と密会する六条あたりの荒れた邸宅も、河原の院の荒れ果てた姿であると謂われています。平安時代の人は、「源氏物語」を読みながら光源氏に源融を重ねていたことでしょう。

 
今年は大河ドラマ「光る君へ」の影響で平安時代がブームとなっています。
平安時代に思いを寄せながら、イケメン貴公子がくりひろげる華麗な平安貴族の世界を、お楽しみいただければ幸いに存じます。


 
「融」は2013年以来の再演ですので、今回は「舞返之伝」という小書(特殊演出)で演じます。
「舞返し」という名の通り、舞を二度舞います。
一度目は早舞をクツロギという緩急に富んだ遊興的な舞です。型も増え、動きに回転が何度も加わり躍動的に舞います。

一度目の舞の後、すぐさまテンポが速まり二度目の舞「急之舞」が始まります。
「急之舞」は世界一速い舞と謂われ、「道成寺」と「紅葉狩」にしかない特殊な舞です。
演者の技量が試される至難の舞ですので、しっかり稽古して臨みたいと思います。

 


仕舞は、観世喜之師の「駒之段」と観世喜正師の「雨之段」です。どちらも月に思いをはせる舞です。月光輝く下で舞を舞う「融」に合わせて、月光浴を感じられる曲をお願いしました。

 


狂言「吹取」は、大人気曲です。これも月夜と音楽に因んだ曲です。曲中で演者が実際に笛を吹くという珍しい狂言です。この難しい役を、多方面で活躍されている人気狂言師・野村萬斎師にお願いしました。萬斎師が笛を吹くシーンが見せ場になっています。どのような笛が吹かれるのか、お楽しみください。

 

チケットは、私の公式ホームページの申込みフォームまたはメールからお申込みください。


お電話でのお申込みは、矢来能楽堂のみにて受け付けます。何とぞよろしくお願いいたします。

 


WEB
予約 
http://fukagawanohbutai.sakura.ne.jp/  E-mail    shitashimu@hotmail.com

     TEL予約 03-3268-7311(矢来能楽堂)




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2024年03月10日

「大江山」御礼

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若竹能「大江山」無事終わりました。
冷たい雨の中でしたが満員のお客様にお運びいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

今年の若竹能は、「山光水色」をテーマに山と海の景色を描きました。
まず2月は、山にちなんだ能の上演です。

初番は「吉野天人 天人揃」4人の天人が登場して、吉野山の美しい桜景色の中、華やかに舞いました。
その後が「大江山」です。
「大江山」は、5人の武士が勇ましく現れて、酒呑童子という鬼と戦うと言う、賑やかな能です。

どちらの能も派手で、楽しい内容でした。

私が演じた「大江山」は、おとぎ話のような能です。

前半は、お酒好きな童子という出で立ち。
「明け暮れ酒を好きたる」とか「酒ほど面白きものはなく候」
などと言いながら、ワキにお酒をお酌されて、喜んで呑んだくれます。
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何だか、とても親近感のわく役どころです。
楽屋では「ピッタリな役だなあ」とからかわれました。

酔っぱらった酒吞童子は、自分の生い立ちを語って楽しそうに舞を舞います。
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実は恐ろしい鬼なのですが、前場では楽しそうな雰囲気を出すように心掛けました。
ただ、無邪気な童子の装いの中にも、鬼としての強さを内在させて、謡い舞わなければなりません。

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この日に着た厚板唐織は、大江山の時によく用いられる観世喜之家の名品です。
華やかな色彩の中にも、強い柄の模様が映えています。


後場は、酔っぱらって寝ているところを、ワキ方5人で構成される源頼光一行に襲われます。

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鬼神の本性を現した酒吞童子と、源頼光たち5人の武士たちが勇ましく戦います。

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この辺りの戦いは、キチンと型が決まっておりません。
その都度、相談してきめます。

今回のワキは、長身で身体能力の高い福王和幸師でした。
私と背丈も合うので、戦っていて見栄えがします。2人で、動きを相談して派手な型で戦いました。

鬼神を5人がかりでやっつけるのは、昔からゴレンジャーなどの戦隊物シリーズのお約束です。
舞台狭しと動き回り、結局やられてしまいます。

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5人がかりで切り付けられた酒呑童子は、

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あえなくやられます。
今回は、派手に仏倒れという型で最後シメました。

身体を直伸したまま、後ろに倒れるという大技です。私のような大きな体躯の者がやるとド迫力です。

結構危険な型で、過去には脳震とうをおこしたり、首の骨を折った人までいます。
今回は、きれいに決まりました。

実は、仏倒れをする前はけっこう怖かったのですが、上手く決まってホッとしています。
これだけ派手な立ち回りを見せたので、最後も華々しくやられようと、意を決して挑みました。

上手く倒れたので、頭は打ちませんでしたが、背中が少々痛い。。。


写真撮影 駒井壮介
無断転載厳禁


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2024年02月18日

若竹能「大江山」 あと一週間

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若竹能では、技芸向上のため毎年テーマを決め、メンバー一同で懸命に取り組んでおります。

今年のテーマは、「山光水色(さんこうすいしょく)」です。
日本人が古来より大切にしてきた「山の風景と海の風景」の美しさを現わす言葉です。
まず2月は、「山の風景」にちなんだ能をお楽しみいただきます。

私は今回、京都の北にある大江山を舞台にした能「大江山」に取り組みます。
この能は、単純明快な鬼退治物です。正義の味方・源頼光(らいこう)が仲間とともに、大江山に棲む酒吞童子(しゅてんどうじ)という鬼神をやっつける爽快な物語です。

源頼光は、昔からおとぎ話などで、数々の鬼を退治したという伝説を残すヒーローです。能の中にも「土蜘蛛」「大江山」「羅生門」などが、源頼光の鬼退治を扱っています。

源頼光(ワキ)は仲間(ワキツレ)を4人従えて、酒呑童子(シテ)の退治に大江山に赴きます。
前場では、源頼光たちは道に迷った山伏のふりをして酒吞童子の棲家に入り込みます。
本当の山伏であると思った酒吞童子は源頼光たちにお酒をふるまい、自ら舞を舞いやがて酔っぱらって寝てしまいます。

前場では、山伏のふりをする源頼光とそれを疑わずおもてなしをする酒吞童子の言葉のやりとり、また酒呑童子の酒に酔いながら舞う舞が見どころです。

後場では、酔っぱらって鬼神の本性を現した酒呑童子と源頼光たちとの激しい戦いが見どころです。
源頼光は仲間を4人引き連れ5人で酒呑童子に立ち向かいます。
太刀を抜いて猛然と斬りかかる源頼光たちに、酒吞童子はあえなく倒されてしまします。後場の迫力満点の戦いをお楽しみください。

ワキ方が大活躍する能「大江山」。 
今回のワキは福王流の若宗家福王和幸師にお願いしました。長身で運動神経の良い福王和幸師は、頼光の役が良く似合います。
ワキツレも大事な役であるので、大阪から弟の福王知登師をお招きしました。福王兄弟との共演は、私自身とても楽しみにしています。

公演まで、あと一週間となりました。
しっかり稽古して万全に臨みたいと思います。


正面席は、おかげさまで完売となりましたが、脇正面席と中正面席は、まだ少し残席ございます。
是非ともお運びください。


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2024年01月31日

下甑島にて能楽公演

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朝、ホテルの窓を開けると素晴らしい朝日が飛び込んできました。

下甑(しもこしき)島というところに、文化庁学校巡回公演に行きました。

下甑島は、鹿児島県薩摩川内から、西に2時間半ほどフェリーで行ったところにある離島です。
離島の診療所の物語を描く「Dr.コトー診療所」という漫画や映画の舞台となった島だそうです。

人口1700人ほどの小さな島の中学校での学校巡回公演。

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このような離島での公演こそ、文化庁学校巡回公演の事業の意義があるように思います。

今まで、西表島や徳之島や壱岐島など、いろいろな島に行きました。
その中でも下甑島は、最も小さな島でしょうか。

離島の生徒さんたちにとって、生の能と狂言を学校の体育館で見ることが出来るなんて、素晴らしい体験となったことでしょう。
演者の一員としても、こういう場所で演じることが出来ることは貴重なことです。


それにしても、時間がかかりました。
朝、10時ころ自宅を出て、羽田空港から鹿児島空港まで2時間。鹿児島空港から薩摩川内港までバスで1時間半。薩摩川内港から下甑島までフェリーで2時間半。
下甑島のホテルに着いたのは19時でした。

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下甑島に着くと、真っ先に郵便局の車が出てきました。当然ですが、下甑島にも郵便局はあります。
仮に、東京から下甑島にハガキを出しても、63円で届きます。
郵便局の全国統一料金って凄いと、感心しました。

帰りは、フェリーの時間の関係でもっと時間がかかりました。
12時ころ学校を出て、自宅に着いたのは23時半。

長旅でしたが、清々しい気持ちです。


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2024年01月26日

マレーシアから来たれる

先日、香港で20年前に教えた学生と再会した話をしました。

 

やはり20年前に教えたマレーシア人の学生が日本に来ているそうです。

この前の香港の2人の学生もそうですが、20年も前に教えたのに、未だに覚えてくれていて連絡をくれることをとても嬉しく思います。

 

彼女はマレーシアの演劇界ではかなりの地位にいるようです。まあ、それだけ20年の月日は大きいのですが。

 

東京に来るというので、20年前に同じくシンガポールで教えた日本人の学生(今は国際的に活躍している役者です)と彼の奥様も交えて食事をしました。

 

食事の前に、矢来能楽堂にて観世喜正師に会いに行きます。

観世喜正師は、お稽古の合間に彼女と少し談笑。

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その後、神楽坂の和食の店に移動して昔話に花を咲かせました。

 
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20年前のことですが、本当に昨日のことのように思い出します。

私も本格的に外国人に能を教えたのは初めてでしたので、本当に印象深いです。



20年前、シンガポールで能を教えたマレーシア人と日本人と、東京で再会するって、嬉しいことです。こんな風にお互いに役者として活躍している中で、20年後に昔を思い出して笑い合っている状況って、とても良いなあと思います。

 



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