2025年05月10日
明日、「蝉丸」


いよいよ、明日は九皐会「蝉丸」です。
万全の準備をして明日に備えています。
さて、いつも来ていただくお客様から素敵な楽屋見舞いが届きました。

「走り井」は、能「蝉丸」の道行に出てきます。
「水も走り井の影見れば。我ながら浅ましや」
と、井戸に映した自分の姿にショックを受ける場面です。
中身は、水のしずくの形をしたお餅です。
さっそく一つ頂き、明日に備えます。

2025年05月06日
能楽タイムズ5月号インタビュー記事掲載

能楽界の様々な話題をとり上げている能楽の専門紙「能楽タイムズ」に、私のインタビュー記事が大きく掲載されました。
8ページの紙面のうち、2面と3面はほぼ私のインタビュー記事です。
能楽の専門紙はいくつかありますが、能楽五流の話題を全て網羅している専門紙はいくつかしかありません。
その中で能楽タイムズは、創刊から70年以上経つ一番の老舗紙です。
いつもは、各流のお家元クラスや人間国宝等の能楽界の重鎮たちの対談が掲載される中、異例の抜擢によりインタビューしていただきました。
6月29日に演じる二度目の「道成寺」のことを皮切りに、入門30年となった私の能楽師生活を振り返り今後の抱負を述べています。
社中の稽古やシンガポールなどの海外での能の指導や私が本拠地として活動する深川のことなど、盛りだくさんの内容の記事です。
能楽タイムズの対談にとり上げられることは、能楽師として一世一代の名誉なことです。
詳しい内容は、下記の能楽タイムズのWEBページをご覧ください。
能楽タイムズ5月号 ダイジェスト版
貴重な紙面です。ぜひ、能楽書林(千代田区神田神保町3-6)にてお買い求めください。
オンライン購入もできます。下記リンクからお願いいたします。
能楽書林オンラインショップ
2025年05月03日
5月九皐会「蝉丸」


5月11日、五月九皐会「蝉丸」を演じます。
能「蝉丸」は、天皇家に生まれながら非業の人生を送る姉弟の物語です。
盲目の身として生まれた弟・蝉丸は逢坂山に捨てられてしまい、そこで道行く人に施しを受けて暮らしています。
そこへ、姉の逆髪がたまたま通りかかります。逆髪は、生まれつき髪が逆立っているという強烈なクセ毛の持ち主。それが故、狂乱して諸国を彷徨っています。
たまたま逢坂山に訪れた逆髪は、そこで弟・蝉丸が弾く琵琶の音に耳を奪われます。まさかの姉弟の再会。姉弟は走り寄り、互いに肩を抱き再会を喜びます。
姉弟は、お互いの境涯を嘆きつつも、やがて再び分かれていきます。
何ともシミジミとした風情の能です。
姉弟が、再会を喜び抱き合うシーンは、能の表現としてはかなり劇的な演技です。
一曲を通じて、ドラマチックな展開を見せる人情劇です。
「蝉丸」は、シテが姉の逆髪で、ツレが弟の蝉丸ですが、曲名にもなっている通り蝉丸は、極めて重要な役です。シテより上の立場の方が勤めることもよくあります。
今回は、逆髪は私が演じますが、蝉丸をお相手してくださいますのは観世喜正師です。
とても光栄なことです。
喜正先生に全て持っていかれないように、私も存在感を発揮して演じたいと思います。
チケットは、絶賛発売中です。正面席は残りわずかです。
何とぞよろしくお願いいたします。
2025年04月14日
入門 30年

春です。新年度となりました。
4月は、様々なものが始まる月です。
長男は、4月から大学生となりました。次男は高校3年生です。
さて、私は今年大きな節目を迎えました。
この4月で、観世喜之先生のもとに入門してちょうど30年となります。
1995年4月2日、大学を卒業した私は緊張の面持ちで矢来能楽堂へ行きました。
その時のことは、はっきりと思い出せます。
それから、はや30年。
あっという間でした。
入門して、がむしゃらに頑張りました。
でも、30年前に、「こうなると思っていた自分」にはまだたどり着いていない気がします。
その、「なりたい私」になるため、「理想の体現」を追求したいと思います。
2025年04月04日
「道成寺」チケット絶賛発売中


今年の自主公演「桑田貴志能まつり」は、第15回目を記念して能を代表する大曲「道成寺」に挑戦します。
ただいま、チケット絶賛発売中です。
嬉しいことに、SS席は残席わずかとなっております。
カンフェティ取扱い分は売り切れましたが、深川能舞台扱い分は、少し残っております。
SS席をご希望の方は、下記の深川能舞台公式WEBより申込みフォームにてお願いいたします。
深川能舞台「道成寺」チケット申込みフォーム
2025年03月26日
桑田貴志 能まつり「道成寺」


自身の芸の研鑚のため立ち上げた「桑田貴志 能まつり」は、今回で第15回公演となります。
この節目を記念して、大曲「道成寺」に挑戦いたします。
「道成寺」は、能楽師の卒業試験と言われます。私が師匠のお許しを得てこの大曲に挑んだのは2009年でした。身を削るような稽古を重ね、全身全霊で演じたことを昨日のことのように思い出します。
「道成寺」は能楽師が必ず通る登竜門なのですが、普通の能楽師は生涯に一度しか演じません。まさに一世一代の舞台なのです。
そんな中で、有難いことに今回再び挑戦する機会を得ました。これまでの能楽師キャリアの集大成の覚悟で挑みたいと思います。
「道成寺」は、能の中でかなり特殊な演目です。演者にとっては、一瞬たりとも気の抜けない山場の連続ですが、お客様にとっては見どころ満載の楽しい能と言えます。
一番の見どころは、鐘入りです。上から落ちてくる80kgほどの大きな釣鐘の中にタイミングを合わせて飛び込むという、危険と背中合わせのスリリングな舞台展開をみせます。
今回は、初演の時とはワキとお囃子の流儀を全て替えました。「道成寺」は、お相手の流儀が変われば演じ方がかなり異なります。全く新たな気持ちで挑みたいので、あえて全て違う流儀の方にお相手をお願いしました。
特に観世流小鼓の乱拍子は、掛け声と足遣いが特殊でとても魅力的です。観世流小鼓方宗家・観世新九郎師をお相手に、裂ぱくの気合で演じたいと思います。
また今回は、「赤頭」という小書(特殊演出)で演じます。
後半のシテの出で立ちが同封のチラシの通り、赤頭と緋長袴に変わります。
緋長袴は矢来観世家初代・観世清之師が考案したと言われます。いわば、矢来観世家の十八番(おはこ)の演出です。師匠や先輩からしっかり芸を受け継ぎ、「これぞ矢来観世家の道成寺」と胸を張って演じたいと思います。
仕舞は、観世喜正師の「籠太鼓」と観世喜之師の「卒都婆小町」です。どちらも女の情念を描いた舞です。
観世喜之師の「卒都婆小町」は自家薬籠中の得意曲です。平成14年にはこの曲にて芸術祭優秀賞を受賞しました。その至芸をじっくりとご堪能ください。
また、15回記念として、狂言は人間国宝の野村万作師にご出演いただきます。90歳を超えてなお一線で活躍を続ける狂言界の至宝・万作師の至高の舞台をお楽しみください。
毎回お願いしております野村萬斎師には、ご子息の野村裕基師とともに、能「道成寺」のアイ狂言をお願いしました。
「道成寺」のアイは狂言方の大役で、能の中で重要な役をつとめます。現代狂言界の第一人者である野村萬斎師の胸を借りて、精一杯演じたいと思います。
チケットは、私の公式ホームページの申込みフォームまたはメールからお申込みください。
お電話でのお申込みは、矢来能楽堂か深川能舞台にお願いします。不在時は留守番に伝言をお残し下さい。折り返しこちらから連絡いたします。
WEB予約 http://fukagawanohbutai.sakura.ne.jp/ E-mail
shitashimu@hotmail.com
TEL予約 03-3268-7311(矢来能楽堂) 03-3643-0891(深川能舞台・桑田)
2025年03月06日
2025シンガポール第2便 7

シンガポールの演劇学校「Intercultural Theatre Institute」能クラス、無事に修了しました。
終演後、みんなで記念撮影。良い笑顔です。
今日は、評価とミーティングの日。また学生たちとお別れの日です。
今回教えた学生は、ITIの17期生と18期生。
シンガポール・インド・マカオ・フィリピン・台湾・中国・オーストラリアの7か国から集まった13人の学生たち。
昨日のプレゼンテーションの後、装束を取ったあと泣きながら「Sensei・・」といいながらハグしてきた学生がいました。終わった瞬間感極まって泣いている学生たちを見て、私ももらい泣きしました。
みんな、私の心に刻まれました。
今回の学生は、例年より人が少なかったのでその分細かく指導出来ました。
一人一人を引き上げていく過程をじっくり見られた学年でした。
それだけに感慨深いものがあります。
1・2年生が少ないので、3年生もプレゼンテーションでは様々なお手伝いをしてくれました。
中でも一人の3年生は、普段の稽古から参加して地謡を謡ってくれました。
その学生は、能が大好きだそうです。だからプレゼンテーションにぜひ参加したいと言ってくれて、嬉しそうに稽古していました。
その学生の謡を聞いてびっくりしました。
すごく上手なのです。
2年前、1年生で能クラスに参加したその学生は、確かに熱心に稽古していたけどそんなに上手であったわけでありません。まあ、普通の謡でした。
今回、その学生の謡の上達ぶりに驚きました。
気が付くと、1・2年生を統率して謡の指導までしています。
そのリーダーシップにも驚きました。
その学生はこの2年間、能の謡の稽古を毎日やっていたわけではありません。本人に聞いたところ、たまに謡っていただけだったそうです。(というか、たまに謡っているのがすごいのですが)
それなのにこんなに上達しているのです。
その学生が、この2年間に積んできた発声トレーニングや、他の古典芸能の稽古が、役者としての基礎技術を底上げしたのでしょう。
そしてその基礎技術が、謡を謡うことにも生かされているのでしょう。
まあ、驚きました。
どんな演劇を演じるにしても、根底にある基礎技術は共通しているのでしょう。
私は、その3年生の例をあげ、学生たちに基礎トレーニングの重要性を説きました。
そして、能の稽古で身につけたことを自分たちの演劇表現に生かしてほしいと述べました。
自分の国に帰ったら、能の良さを広めてもらいたいものです。
今年で開校25周年を迎えたこの学校の活動は、シンガポール内でも知られてきているようです。
今回のプレゼンテーションには、在シンガポール大使ご夫妻とJapan Creative Centre(JCC)の所長がお見えでした。
楽屋までご挨拶に来てくださいました。

在シンガポール大使ご夫妻と

JCC所長と
日本とシンガポールの文化交流の一端を担っていること、嬉しく思います。
ある学生に、聞かれました。
「KUWATA先生は、いつまでシンガポールに教えに来てくれるんですか」
私はドヤ顔で言います
「Forever(永遠に)」
本当に、ずっと来たいと思っています。
最後に、楽屋でのスナップです。




おまけ
袴の紐の結び方を覚えた学生の一人。
自分のスカートの紐も、袴の紐の結び方をしていました。

2025年03月05日
2025シンガポール第2便 6

いよいよ、ITI能クラスの集大成がやってきました。
プレゼンテーション当日です。
今回は、新たな試みとして19:30からのプレゼンテーションの前の昼間に、プレゼンテーションとは別に学生たちに一人ずつ仕舞をさせました。
これは、能コースの採点評価をするための試験のようなものです。
ITIも学校なので、学生に対して採点をしなければなりませんが、プレゼンテーションでその評価を下すのはあまりにも過酷なので、前回からプレゼンテーションとは別に評価の時間を作りました。
そもそも、プレゼンテーションの最中はとても忙しいので、学生たちの舞台をじっくり見る時間がありません。
今までは、録画したビデオを見ながら採点したりしていました。
それでも今までは、プレゼンテーションで舞う仕舞を事前に舞ってもらって採点をしました。
しかし今回は、プレゼンテーションでやらない仕舞を評価のためだけに舞ってもらいました。しかも一人ずつの仕舞です。
今までは、時間の都合で2~3人ずつ舞ってもらっていました。
プレゼンテーションの時間も限られているので、そうするしかなかったのです。
今回は、プレゼンテーションとは別にやるので時間の制約はありません。
学生も12人と、比較的少ないので一人ずつ仕舞を舞ってもらいました。
稽古の時は、何人かで舞っています。一人で舞うのはかなりハードルが高いようです。
最初は、上手く舞えませんでした。
時間はかかりましたが、一人ずつ根気よく稽古しました。
学生たちも、一人での仕舞はまさに自分との戦いです。稽古するしかありません。
日に日に上達していきました。
結果的に、今までと比べて全員の底上げがなされました。
グループの仕舞だと、どうしても甘えてしまう人が出てきますが、今回はそんな人は一人もいませんでした。
評価のための非公開の仕舞。みんな素晴らしい出来でした。
私は、採点しながら今までのことを思い返していました。
「全然覚えなかったあいつが、ノーミスで仕舞やっている」
「精神的に弱かったあのこが、こんなに堂々と舞っているなあ」
「今まで落ち着いて完璧だったのに、こんなところで間違えるなんて、意外だな」
なんか、始まる前からジーンときました。
仕舞の評価と、プレゼンテーションまでは少し間が空きました。
学生たちはどうしていたのかというと、、、、

ずいぶん緊張していたのでしょうね。みんなでお休みでした。
さあ、プレゼンテーションが始まってからは怒涛の忙しさ。

順番に装束を着けます。
そして次々に舞台に送り出していきます。






素晴らしい舞台成果でした。
最後はカーテンコールに全員登場。
正座で「A RI GA TO U GO ZA I MA SHI TA」

2025年03月04日
2025シンガポール第2便 5
今回の劇場は「実践劇場」という所です。ITIの創始者である故クオ・パオ・クンの娘さんが経営している劇場です。

Waterlooという演劇や芸術関係の施設が集まる街にあります。
いかにも芸術の街という外見をしています。
毎回この日がくると、「いよいよだなあ」というシミジミとした感傷が押し寄せてきます。
まず、場当たりをして舞台の大きさを決めます。

そして音響と照明を決めていきます。演劇学校であるので、これも授業の一環です。
その後は、毎回恒例の舞台拭きです。

夕方は仕舞のリハーサル。
今回は、学生が少ないので一人ずつ仕舞を舞わせました。
いつもは2~3人での仕舞でしたが、今回初めて一人ずつの仕舞に挑戦させました。
言うまでもなく、一人で舞うためには完ぺきに覚えていなければなりません。
「型を忘れたから横の人を見る」が出来ません。
プレッシャーがかかりますが、学生にとっては良い稽古になります。
能のリハーサルは、ゲネプロ形式で夜7時から行われました。
本番通りの装束を着て、本番と同じ手順で通しました。

昨日は、あれだけ立派に演じていたのに、やはり場所が変わると勝手が違うようです。
普段間違えない人が、意外なところで間違えたりします。
これが、舞台の怖さです
また学生たちは、大道具や小道具も自分たちで作ります。

「竹生島」の舟

「竹生島」の小宮

「邯鄲」の宮殿

「竹生島」の宝の珠

「竹生島」の龍戴
これらは、全て学生たちが作ったものです。
大道具や小道具を揃えるのも役者のつとめなのです。
さあ、明日はいよいよ本番です。
2025年03月03日
2025シンガポール第2便 4
今日から観世喜正師と中森健之介くんが合流し、いよいよ今回のITI能クラスも最終週です。
今日、学校のスタジオでの最後の稽古を終えました。能「竹生島」「邯鄲」に、一人ずつ演じる仕舞。
もうすっかり出来ております。
1月中旬から2か月間行われたこのスタジオでの稽古。もうここで稽古することはありません。
稽古の後、忘れ物をスタジオに取りに行くと、学生たちが居残りで稽古していました。本番に向けて袴の修繕をしている人もいます。
毎度のことながら、舞台へ向かう学生たちのエネルギーはすごいものです。
2025年03月01日
2025シンガポール第2便 3

私が能の指導をしている演劇学校ITIは、リトル・インディアにほど近いエミリーヒルという所にあります。
この場所には、正面にコロニアル調の建物をシンボルにして、私が指導している演劇学校や、絵画スタジオなど芸術系の団体が入っています。
この演劇学校は、2つのオフィスと5つのスタジオを借りています。
エミリーヒルという名の通り、小高い丘の上にあり、芸術の香りが漂う素敵な場所です。
このコロニアル調の建物は、学校が移転してしばらくは、バーでした。
稽古終わりに、学生やスタッフとよく飲んだものです。
しばらく使用されていない時もあり、オフィスになったりもしました。
建物の一角を、演劇学校ITIが倉庫として借りていたこともあります。
今は、個人所有の美術館となっています。
今日、日本語ガイドがあるというので、美術館を見学しました。
写真撮影可でしたので、いくつか紹介します。
素晴らしい展示品の数々。こんな美術館が同じ敷地にあるというのは、素晴らしい環境です。
さて、今日のガイドを聞いて驚きました。
このコロニアル調の建物は1880年頃に建てられたそうです。
「そんな古い建物だったんだ。」
そういえば、この建物は、1939年から1945年までは、日本領事館が置かれていたそうです。
まあ、いわゆる日本におけるシンガポール統治時代の話です。
代々の学生が、よく言っていました。
「この建物には、着物を着た幽霊が出る」
夜遅くまで作業していると、よく出るそうです。もう何人もの学生が遭遇したそうです。
第2次世界大戦時に、日本領事館であった歴史を考えると、、、、、
着物を着た幽霊の存在が、妙にリアルに感じられます。
2025年02月27日
2025シンガポール第2便 2

今日は、ITIの校長先生と理事長(のような方)と共に、在シンガポール日本大使館主催の「Emperor’s
Birthday Reception」のパーティーに招待されました。
ドレスコードは、フォーマルスーツか民族衣装。
南国シンガポールにスーツなど持ってきていないので、夏の着物で出席しました。
聞けば、このパーティーは毎年開催されているそうです。
「日本でもEmperorの誕生日は祝うのでしょう」と言われました。
「うーん。天皇誕生日は祝日ですが、一般の人があまりお祝いはしないと思います」
ちょうど、日本滞在中に新聞で今年は天皇誕生日の晩餐会が5年ぶりに開かれたなどというニュースを見ていたので
「もちろん、皇居ではお祝いのパーティーはあるが、それは限られた人しか参加しない。コロナ禍では開催していなかったので、今年は5年ぶりの開催だそうです」
そういうと、シンガポールの方は不思議そうにします。
建国60年ほどの新しい国のシンガポールでは、皇室制度へのあこがれがあるようです。
在シンガポール大使の石川浩司氏と、ご挨拶させていただきました。
シンガポールで能を教えていることに、たいへんに興味を示していらっしゃいました。
大使の隣は、ITIの校長先生のサシ氏です。
日本とシンガポールの文化交流の懸け橋の一端を担っていることを、嬉しく思います。
2025年02月25日
2025シンガポール第2便 1

シンガポールITIの能クラスも、いよいよ佳境です。
3月5日の発表会に向けて、稽古も大詰めを迎えています。
今年の学生は、当初の13人から一人休学者が出たので12人です。
例年と比べて少人数なので、一人に対して細かく指導できます。
最初は、うーんという感じの学生たちも丁寧に指導するにつれ、どんどんレベルアップしていきます。そんな学生たちを見ると嬉しく思います。
今回の学生たちは、謡に対しての関心が高いので、謡の稽古をいつもより行いました。
日本語は全く分からないので、謡本にローマ字でふり仮名をつけたり、また横書きでアルファベットの謡本を作ったりして稽古しています。
彼らは日常的に「VOICE」などの授業で声を出す訓練をしているので、なかなか良い声をしています。
何度か一緒に謡ってあげると、日本語の発音もかなり上手にまねをします。
また、例年は能の稽古の時、日本語の謡を覚えるのを苦労するのですが、今回の学生はわりにすんなり覚えました。外国語の謡を、よどみなく謡っている学生が頼もしく感じます。
たまに、つい外国人であることを忘れて日本語で語りかけたりしてしまいます。
能「竹生島」
能「邯鄲」
今年の発表会では、能「竹生島」と「邯鄲」に取り組みます。
2025年02月23日
東京にて

東京に帰ってきて一週間。慌ただしく過ごしました。
なにせ2月はこの一週間しか日本に滞在しませんので、日本での予定をつめ詰めにしました。
この一週間で全てのお稽古場を回り、お弟子様のお稽古をしました。また、事務仕事や病院通いなど、日本でしかできない予定をみっちりしました。
また、今日は九皐会若竹能に出演しました。久しぶりの能楽堂でした。
この一週間で、真夏のシンガポールと真冬の日本を行き来しましたが、意外に気温の変化は気になりません。
そもそも、シンガポールでも日本でも基本的に冷房や暖房がガンガン効いた室内で能の稽古しておりますので、あまり暑さや寒さを感じません。野外で何か活動したわけではないので、気温変化は感じません。
ただ、湿度の変化は如実に感じられました。
東京は、ほとんど雨が降っていないらしく、すごく乾燥していますね。
暖房の効いた稽古場で少し謡を謡うと、喉がすぐカサカサになってきます。
周りに風邪をひいている方が多いのも判ります。この乾燥では、すぐに喉をやられるでしょうね。
シンガポールの高温多湿の気候は、喉にとっては良いようです。
2025年02月15日
2025シンガポール第1便 7
1月27日から今日まで三週間能の稽古をしてきました。今回の稽古はひとまず終了です。
来週は、観世喜正師が指導に当たります。
私は、一週間だけ日本に滞在してその後、また二週間シンガポールに行きます。
私が稽古する前の二週間は、喜正師が稽古しておりましたので、学生たちはこれまで合わせて五週間も能の稽古をしています。
五週間のあいだ、月曜日から土曜日まで一日4時間の稽古を積んでおります。かなり、上達しました。
着物も一人で着られますし、
能面も彼らで着けられます。
そして、能面を着けての中の舞などもさらりと舞えます。
私も、三週間もシンガポールに滞在するとすっかりシンガポール生活が馴染んできました。
シンガポールにはこれまで30回ほど行っておりますが、一度の渡航で三週間も滞在したのは最長記録です。
今までは、もっと行ったり来たりしておりましたが、最近は移動が疲れるので、なるべく行き来を減らしております。
連日30度超えのシンガポールの気候に慣れてしまった身体が、東京に戻ってどうなるか心配です。
2025年02月11日
2025シンガポール第1便 6
今日は、日本では建国記念日で祝日ですが、シンガポールは平日。学校の授業は普通にあります。
ただ、旧暦で言えば今日は1月15日。いわゆる小正月です。
旧暦は、月の満ち欠けで暦を定めます。新月の日が1日で、満月の日が15日。
つまり、旧暦1月の新月から満月までが正月期間という訳です。
シンガポールでも今日までが正月ということで、様々なお祝いが続きます。
今日は学校のスタッフ達と、正月を祝う儀式ロー・ヘイをやりました。
毎年恒例の行事で、抽選会などあり盛り上がりました。
さて、学校の授業が終わり、しばらく事務仕事をした後、帰宅の途につきます。
学校の所在地は、リトル・インディアという場所です。その名の通り、インド系の住民が多く住み、街中はインド料理や、雑貨屋であふれています。
いつものように駅前に向かうと、駅前の大通りは、凄い人で覆いつくされています。
「あ、今日はタイプーサムだった」
タイプーサムは、インド系のお祭りです。タミル歴のタイ月(10月)の満月の日がタイプーサム当日となります。
こう考えると、昔の人はいかに月の満ち欠けを大事にしていたかわかります。
様々なヒンドゥー教の宗教行事が行われますが、そのハイライトがカヴァディという装飾品の行列です。
その重量は40キロ、高さは4mにもなるそうです。
それを背負った信者たちが、大通りを行列して歩きます。
この儀式に臨む信者は、祭りの数週間前から肉食を断ち、断食や祈りを続けることで心を清めるそうです。
(いわゆる精進潔斎ですね)
また、信者は身体に針を刺すそうです。苦行を行うことで身を清めるのだそうです。
痛ければ痛いほど良いそうです。
この男性の装飾品も、よく見ると身体に全て刺しています。
その行列のあちこちではインドの伝統音楽が演奏され、それに合わせて信者たちはカヴァディを持ち上げたり回したり大騒ぎ。
私は、その行列の最大の盛り上がりの場所に遭遇してしまったのです。
しばらく、カヴァディ行列行進を見物しました。
趣向を凝らしたカヴァディが次々に現れ、見ていて楽しかったです。
路上には、インドの民族衣装をまとった人で埋め尽くされます。
椅子を持参して、ずっと眺めているご老人もいます。
何だか深川八幡祭の神輿渡御を思い出しました。
行列の所々には、御仮屋みたいな場所があって、その前では一段と盛り上がります。
信者は、重いカヴァディをぐるんぐるんと、回して跳ね上げ、大騒ぎ。
深川神輿も御仮屋の前では、神輿を回したり叩いたり大騒ぎ。お祭りの根底に流れるものって、案外同じなのかも知れません。
中華系、マレー系、インド系住民から成り立つ多民族国家のシンガポールでは、様々なお祭りや儀式が堪能できます。
2025年02月09日
2025シンガポール第1便 5
中国正月のこの時期、シンガポールを歩いていると、あちこちで獅子舞をみます。
ちょっと買い物に出ると、ショッピングセンターで、突然始まるし
食事をホーカーズ(屋台村)で食べていると、いきなり獅子舞のグループが入ってきてめでたい舞をみせてくれます。
他にも、企業の玄関や商店の店先などでもしきりに行われます。
そういう場合は、社長や店主が出迎えて、祝福を受けます。
こんな車に乗って街中を移動しているのでとても目立ちます。
日本でも正月の風物詩ですし、バリ島のバロン・ダンスなど、とても大掛かりな獅子舞です。
(バリ島のバロン・ダンス)
シンガポールの獅子舞は、「力や知恵の象徴」とされ「邪気を払い幸運を呼ぶ」と言われています。
終盤では、獅子はレタスを食べてミカンを口から吐きます。
これは、レタスの発音が中国語で富を表す言葉に似ていることと、「ミカンを渡す」が「金を渡す」と同じ発音であることからきているそうです。
獅子は、ミカンの他にチョコレートやお菓子などもバラまきます。子供たちは大喜び。
遠くまで飛んできたチョコレートが私の足元に落ちました。
子供と争う気はありませんでしたが、足元のものは頂きました。
幸運のおすそわけです。
獅子舞が終演間際、何かやっているなあと思ったら、ホーカーズの入口に、こんなものが
良い一年になりそうです。
2025年02月01日
2025シンガポール第1便 4

今日は、土曜日。能クラスは午前中で終了です。
チャイニーズ・ニューイヤーのお祝いを兼ねて、午後からタイガータイムです。
タイガータイムとは、私が名付けた造語です。シンガポールの代表的なビールであるタイガー・ビールをたくさん飲む集まり。まあ、つまり宴会です。
この学校では、一般的な言葉となってしまっています。
他の先生たちも、「明日のタイガータイム、僕も参加するよ」などと、普通に話してきます。
まず。ロー・ヘイというシンガポールとマレーシアで行われている新年のお祝いの儀式をします。
様々な野菜や食材を、皆でプレートに盛り付け、奇声を上げながら(中国語なので、何を言っているのかさっぱり分かりません)、箸で食材を混ぜます。
その時、より高く混ぜ上げると良いそうです。
毎回、チャイニーズ・ニューイヤーの時期にシンガポールに滞在しているので、私ももう何度もロー・ヘイに参加しているので、徐々に慣れてきました。
始めて参加するオーストラリア人などに、やり方を教えたりしています。
始めは、出来上がったロー・ヘイをつまみながら落ち着いて飲んでいます。
しかし、酔いが回るにつけなぜか踊り始めました。
始めは座って手を動かしているだけですが。
そのうち、立ち上がって髪を振り回しながら踊り始め。
毎回、学生たちは色んなカラーがあります。
2年前の学生たちは、酔うと楽器の演奏を始めましたが、今回は踊り出すようです。
たぶん、インド人が多いせいでしょう。
インド映画を観れば、インドの役者たちは常に踊っています。
インドには、12とか20とか公用語があるそうなので、言葉で表現するより踊る方が手っ取り早いそうです。
授業では見せない、学生たちの色んな一面が知れて、楽しいタイガータイムでした。
2025年01月31日
2025シンガポール第1便 3
シンガポールの演劇学校「Intercultural
Theatre Institute」の稽古も順調に進んでいます。
今回の学生の最年少は、18歳です。
私が初めてシンガポールに来て、この学校の1期生を指導した2002年には、まだ生まれていません。
他の学生たちも、2002年には小さな子供だったそうです。
改めて、この学校との付き合いの長さに驚きます。
3週間の稽古で、何と「鶴亀」「紅葉狩」「羽衣」「屋島」「邯鄲」「竹生島」と、6曲仕上がりました。これは今までにないくらいハイペースです。
今回の能クラスは13人しかいないので、細かく指導できます。その成果が徐々に出てきているようです。
お稽古は、非常にスムーズに進んでいます。
学生たちは、役者や役者の卵たちなので、やはり身体能力や表現力が抜群です。稽古すればすぐに吸収してくれます。
学生たちの動きに、ハッとすることもあります。
「こう指導すれば、効果的だな」と、気づくこともたくさんあります。
私にとっても、かけがえのない経験となっています。
2025年01月29日
2025シンガポール第1便 2

シンガポールに来て3日目、もうすっかりこちらの気候にも慣れました。
よくシンガポールに行くと言うと、「暖かいところで良いですね」と言われます。
とんでもない、赤道直下のシンガポールは、常夏です。連日30度超えです。
ただ、最高気温はせいぜい31~32度くらい。東京の夏の様に35度を超えたりしません。
特に今は、雨季なので毎日雨が降ります。その分、あまり気温も上がらないので過ごしやすいです。
まあ、毎日雨ばっかり降っているので観光には向かない季節かもしれませんが、学校のスタジオで能の稽古をする分には、快適です。
今日は、旧正月。こちらではチャイニーズ・ニューイヤーと呼ばれます。
シンガポールは、多民族国家ですが、中華系が7割以上を占めています。やはり中国の影響が色濃くあります。
旧正月は、派手にお祝いします。
学校も今日はお休みなので、のんびりしました。
街に出ると、いたるところに正月飾りが施されています。
門松やしめ縄など、シンプルな正月飾りの日本と違って、中華系の正月飾りはとにかく派手です。
店の前には、必ずこのような一対の飾りがあります。たぶん、門松のようなものなのでしょう。
ブランド品も、干支の蛇の飾りつけです。
駅の自動改札も、この通り。
そして、赤い服を必ず着ます。
何でも、赤は鬼や悪魔が嫌う色という言い伝えがあるそうです。
だから、魔よけのため、飾りつけも、正月衣装も、赤が基調です。その分派手になっています。
いつも食事をするホーカーズ(屋台)は全て閉まっています。
まあ、日本でも正月はお店は閉まりますね。
日本で正月をゆっくり過ごし、ようやく正月気分も抜けてきたかと思いきや、またシンガポールで正月気分に浸っています。